こんにちは、カウンセラーの本橋良太です。
数ある心のサイトのなかからご覧頂き誠にありがとうございます。
「家庭崩壊の対処法」は「今の家庭に深刻なトラブルが起きて困っている方」・「将来の家庭を本気で幸せにしたいと考えている方」・「次世代の家庭の守りたいと真剣に考えている方」にむけて、書かせて頂いております。
僕がメンタルケアのカンセラーとして確信していること。それは大人の責任は衣食住を成立させるだけではなく「家庭のなかに存在する精神性を向上させる」ことです。
心を成長・成熟させる意思・実際の行動を積みかさねない大人は小人(子どもの意味ではありません)と判断しております。小人では家庭の幸せは決してつくることはできません。
子どもは大人から愛を求める権利をもっています。
大人は子どもに愛をあたえる義務をもっています。
この権利と義務の関係のなかで、愛は育まれ健全な家庭がつくられていくのです。
心が小人のまま大人になった人は「子どもを愛している自分」をよく主張します。しかし家庭を絶対に確実に崩壊させない視点から思慮すると「子どもを愛している自分」は大人側の幸せを意味しているだけです。
子どもからすると、大人が子どもを愛していると主張されても困惑するだけです。ハッキリ申し上げれば、大人が主張する子どもへの愛は迷惑なのです。
「子どもを実は愛し切れていない自分・実は愛せない自分」を見つめる大人の姿勢が、子どもにとって大きな幸せを意味しているのです。この姿勢は心が大人になっていなければ確立することはできません。
自分の見たくはない真実の姿を見つめる人が大人であり、
自分に都合の良い現象だけを見る大人が小人なのです。
必ず家庭の崩壊を回避して、将来、幸せな家庭にするためにカウンセラー本橋良太が「家庭崩壊の対処法」を真剣に書かせて頂きます。独善・独断の偏見ばかりの文章ですがご笑覧頂ければ幸いでございます。
≪No1 目に見える「幸せ?」だけを求める親たち≫ 2018年7月4日(水)
家庭を崩壊させないためには「知」だけではなく「感」も重要です。
「知」とは目に見える現象です。たとえばお金がたくさんある・大きい家に住んでいる・安定した職業をもっている・毎年旅行にいく・車があるなどです。
「感」は目に見えませんが、確かに存在しているものです。空気と一緒で「空だけれど気として存在しているもの」です。
人は「知」ではなく本当は心地の良い「感」を求めている存在です。
旅行に行っても、家族と絆がつながっている「感」がなければ、うれしい人はいません。大きい家に住んでいて一人一人に部屋があっても、信頼「感」がなければ、他人同士の家庭です。お金があっても本当の意味で家庭が幸せになっている予「感」がなければ、ただの通帳に刻まれた数字を意味するだけです。
人は幸せの「知」に集まるのではなく、あたたかく、ぽかぽかしている幸せの「感」に引き寄せられていきます。この幸せの「感」に無関心で接して「知」だけに執着する人は強い支配欲・名誉欲・所有欲などをもっている人です。
大人のなかに無意識に存在しているネガティブな欲は、家庭にとっての幸せな「感」を拒否させます。それよりも目に見える「通用の数字」・「一流大学、一流の会社」・「財宝」・「お屋敷のように大きい家」・「高級な車」を求めるのです。
お屋敷のように大きい家に住んでいても、家族が真剣に愛しあっている「感」がなければ殺伐とした空気が漂っていきます。大きい家に住んではいるけれど確かな不幸「感」があるのです。
目に見えるものを求めるのがNGなのではなく、家庭のなかにある「感」、自分のなかにある「感」つまり、感受性を大事にしながら生きる姿勢が大人に求められているのです。
超高級ホテルのラウンジで食事している家族が、楽しく微笑ましく食事をしていれば幸せな「感」がある光景です。しかし仏頂面で会話どころかスマホしか見ていない家族であれば家庭が崩壊する「感」が漂っているのは間違いありません。
point【目には見えないものこそ大事にしよう】
最後までご覧頂き誠にありがとうございました。
カウンセラー本橋良太