【No54 安定のなかに不幸が存在している。】
2018年8月31日(金)
人はなかなか不安に耐えられないで、安定・安心に執着します。
不幸には耐えられても、不安は極端に嫌がるのです。
なぜ自分は「未来にたいして不安を感じたり、いたずらに安心感を求めていたりするのか?」と自問自答する姿勢が本当は大切です。
なぜなら今、自分が不安に感じたり安心と感じたりしていることは、真実ではないケースが多いからです。
危険だと認識していることが、実は真実の意味で自分を守ってくれたり幸せをもたらせてくれたりすることかもしれません。
安心・安定だと認識していることが、実は自分の生活を脅かすものだったり不幸に巻きこんだりすることかもしれないのです。
ひとつ確信を伝えさせて頂くと、安定「だけ」を求める姿勢で生き続けている人は非常に危険ということです。
なぜなら心の奥の奥では「変わりたくない」と安定に執着しているからです。
変わらないと危険な状態で「安全だろう」と盲信している「なにか」に執着していると、ダイレクトに危険の波にさらわれていきます。
どんなに危険が迫ってきても、人生に苦悩を感じさせる問題がやってきても、たとえ信頼していた人から裏切られたとしても、自分自身を変える心理をもっている人は必ず不調和の問題を乗りこえられます。
なにがあっても「変わる心理」をもっている人は無敵なのです。
ただ安定だけを求めている人(もしくは、執着していることに気づいていない人)は、人生におきる不調和な問題を乗りこえられません。
もう少し厳密にいうと「変わらなければならない状況と必要性」に気づけないのです。「皆と一緒」であれば安全と心の奥で間違った価値観が巣食っているからです。ただ皆が安全といっていた先は崖かもしれないのです。
変わらなければならない必要に気づけない人は、自分が不幸の階段を一つ一つ自ら降りている真実に気づけないのです。これが安定だけを求めている人の怖さです。
ゆでカエルの末路にとても似ています。
ふっとうしたお湯にカエルをどぶんといれると(絶対にやってはいけません)、あまりにも熱いのでカエルは鍋から飛びだして窮地から脱出します。
しかしお水のなかにカエルをいれてゆっくりふっとうさせると、カエルは熱さに気づけずそのまま亡くなってしまうというお話です。
不幸の階段をひとつひとつ降りていく先には、人生の破滅が残念ながら待っています。イタズラに恐れを喚起させたくないのですが、間違いのない事実です。
誰でも幸せを求めており破滅はまっぴらごめんのではず。
ですので、どうか夕日や雲、お花でも良いです。よく見てください。
必ず変化しています。海も川も風もすべて変わります。変わるから美しいのです。
安定を求めて変わろうとしない人は、、、美しいでしょうか?幸せになって不幸をさける意味でも「変わる」は不可欠な心の姿勢。
安定に執着する人が本物の不幸になっているのです。
point【どう自分を変えるのか?だけで十分。】
≪今日の言葉☆本橋良太のメッセージ≫
(もし良かったら、ご笑聴くださいませ♪)
・再生をボタンを押しますと音がでますのでご注意願います。
・まだまだ緊張しており、舌足らずの点はご容赦願います。(笑)
・誤って8/29の音声をUPしてしまいました。大変、申し訳ございません。現在は8/31の音声になおしておりますので、どうぞ宜しくお願いいたします。ご指摘頂きましたD様、誠にありがとうございます。本橋良太
最後までお読み・お聴き頂き誠にありがとうございます。
カウンセラー本橋良太
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