メンタルケア 心の119番

心にかかわるすべてのことを

部屋を片づけられない我が子を「発達障害・ADHDなのでは?」と判断する前に

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☆まえおき☆

人は自分が責任をとらないためには、善悪問わず何でもするという危険な習性をもっています。

 

世の中、「加害者よりも被害者のほうが圧倒的に多い」という、不公平を目の当たりするケースも少なくありません。だからといって、すべての人が責任から逃れるために不誠実な行い・考え方・感情・意思決定をするわけではありません。

 

では、責任をとらない、もしくはとれない人は、 『自分が嫌い=自己評価が低い』ということであり、自己評価の高さに比例した分のみしか、責任を全うできないようなっているからです。

この法則は、すべての問題にたいして整合し、部屋が片づけられない子どもの問題を抱える親も、例外ではありません。

 

☆本題☆

本来、子どもが部屋を片づけられない問題(発達障害等と判断する問題以外でも)にたいして、親がまずするべき行いは「自己を見つめる」作業です。

 

片づけられない問題にたいして、すぐに「子どもを裁く」「評価する」のではなく、まず自分が過去行った子どもへの接し方を検証します。

 

子どもは、無条件で親を受けいれられる存在なため(逆に、親はできない方が多い)関心を得るためであれば、なんでもします。そのため、片づけられないのは親からの愛情(関心)を得るための、苦し紛れの方法かもしれないのです。

夜尿症も、その典型的な事例といえます。

 

ガティブな方法かもしれませんが、「いたずら的な行い」や「親が困る行い」をしないと、関心が得られないほど子どもにとってはさびしい家庭環境であるかもしれないのです。

 

片づけられない問題だけでしたら、子どもにたいしての接し方の反省・改善点の考慮(情報がなければ本などから収集)・子どもの心を 最大限尊重したうえで、新たな試みを親子で挑戦するという姿勢があれば、この問題を機に親子の絆を深めることで、解決に向かう方向に導かれるでしょう。

 

しかし、最も懸念しなければならない点は、冒頭で述べたように、親自身が「自分が嫌い=自己評価が低い」という精神を患っていて、問題にたいする自己責任感をなくしてしまっている場合、片づけられない子ども→すぐに心の病気と判断(発達障害・ADHD)→病院行き、となってしまうことです。

 

では、なぜ懸念しなければならないのか?

それは、自分が嫌い=毒親である可能性が非常に高く、将来的に家庭を不調和な状態に陥れる危険があるからです。

 

この問題は、子どもが自分の部屋を片づけられない程度の可愛げがあることではなく、毒親の存在により家庭が崩壊する危険性が高いということです。

 

 たとえば、親が過度に劣等感・自己評価の低さを患っている状態で、子どもの問題(今回は、片づけられない子ども)に注目したとします。

もし、自己評価が高く自分に自信がある親であれば、反省・改善・実行のプロセスをへて簡単に解決できるかもしれませんが、毒親(自己評価が低い・自分が嫌い)は子どもが社会にとって問題と認識されるような行いを、自己評価を高めるために利用するケースがあるのです。

 

「人からおかしいと思われることをしてしまう子どもを、私は育てている」という、周囲の注目が劣等感を癒す(実際は癒せませんが)作用と実は認知しているため、反省・改善・再実行のプロセスをしません。解決しては困るから。

 

このような親は、子どもをみているのではなく自分だけを見ています。

「手のかかるお子さんを抱えていて大変ね」という言葉を、劣等感を強くもっている親は非常に喜びます。

自己評価の高い人であれば、責任が不透明な他人の評価に一喜一憂することはありませんが、自己評価が低い人は、たとえ責任感のない・事実ではない評価であると心のなかで少し気づいていながらも、欲しがってしまうのです。

 

そのため、毒親は子どもの片づけられない問題がすべて家のなかだけで収束してしまうと、外の人に同情をもらうことは不可能になるので、病院などにいき、薬を処方してもらい、そして「問題ある子どもを育てている親」という評価を得ることができるのです。

実際に、他人から口頭で評価はもらえないかもしれませんが、家のなかで解決するよりも自分の存在を他人に認識させることはできるので、一時的な劣等感の癒しにつながるので、子どもの片づけられない問題→すぐに病院という流れが成立するのです。

 

もちろん、自己評価が高くて劣等感を抱えていない親が、「子どもの片づけられない問題」を悲観しすぐに病院、となるケースがないわけではありません。

しかし、その点に関していえば、誠実な親である可能性が高いといえる部分はありながらも、やはり安易な行いであると断言できます。

 

 

☆病院に受診・薬での治療を始める前に☆

 

まずは、親としてのの反省・改善・再挑戦のプロセスを、検討して欲しいと思います。 

 

また、親が子どもの問題で≪自分の劣等感を一時的にでも癒そうとしているな。自己評価を高めるために利用している可能性があるな≫と思えた人は、本当の意味での自己評価を上がる流れになっているとも評価できます。

なぜなら、劣等感をかかえている親は自身の毒親性、責任感のなさ、潜在的な自己嫌悪、他者を利用して評価を得るという行いを決して、心から認めることはできないからです。ほとんどの人が、素直に受けいることはできません。

 

このようなネガティブな精神・行いをしているにもかかわらず、自己を決して認めないという親が家庭をつくって幸せに導くことはできるでしょうか?

 

子どもを健全に成長させることができるでしょうか?

 

残念ながら、現在は多くの家庭が崩壊しています。

正しい認識ながない大人が家庭をはじめてしまうため、早い段階で崩壊してしまうのです。

 

その理由として、毒親が自分の毒親性を素直に受け止められないため、本来やすらぎを求めて始めた愛しい家庭を、自らの手で破壊しているという状況なのです。

子どもの問題をとおして、自分のネガティブな精神・行いに気づく人・気づこうとする人でなければ、もはやどうすることもできません。安らぎも幸福も遠ざかっていくでしょう。

 

しかし、少しでも子どもの問題から自分の問題と責任を変えたとき、毒親性が少しずつ消えていき、その分、心に自分自身の愛という誇りが戻ってくるのです。

自分の親の心に自信と愛と、自分を尊重する気持が戻ったとき、家庭崩壊の防波堤になります。

 

安易に、子どもを「病気かも」と考える前に、ぜひ、ご検討頂きたい精神性だと思っております。

 

 

本橋良太  

 

★嫁の感想

実際、中学2年生(2017年の時点)の息子の部屋を観察していると、精神状態が荒れている時は、足の踏み場もない程に部屋をゴチャゴチャにしています。食べ終わったお菓子の袋はそのまま、飲みかけのペットボトルも何日も放置、洗濯ものもお弁当箱も出してはくれません。

そうなったら、家族会議です。夫が中心になって家庭のわだかまりを探し出し、その問題点に対しての解決方法を見つけ出します。

正直、大変な作業で、時には嗚咽するほど大泣きすることもあります。けれども、問題がありそうだなと感じたら、その都度家族会議をしては解決させる努力をします。

 

もともと片づけるのが苦手な子なので整理整頓まではできませんが、精神状態が安定しているのかな?と感じられるときは、汚部屋にはならないです。

 

 

多くの方が、家族間の心のパイプの詰まりを取り除くことができ、幸福な家庭を作れるよう祈りを込めて

 

 

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