メンタルケア 心の119番

心にかかわるすべてのことを

15歳から考える家問題

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こんにちは、カウンセラーの本橋良太です。

 数あるサイトのなかから、ご覧を頂き誠にありがとうございます。

 

「15歳から考えて頂く家問題」は下記の悩みを抱えている若い方(15歳の方だけではなく)に読んで頂きたい思いから、カウンセラーの僕が本気で書かせて頂きました。もしご興味がありましたら一読を頂ければ幸いです。

 

・「親の未熟さに非常に困っている方」

・「家庭のなかに居場所が見つからないと悩み苦しんでいる方」

・「家にいても幸せを感じられない、つまらないと深刻さを感じている方」

・「親から愛されている実感がない方」

・「家にいることが苦しく、若いけれども人生に疲れきってしまった方」

・「親のいいなりにはなりたくない方」

・「家出を本気で考えている方」

・「自分の家になにかしらの問題を少しでも感じている方」

 

若くても、人生経験が大人より無くても「親がつくる家は自分にとって幸せの対象ではない」という直感を否定する必要はありません。

 

未熟さを認められない親は大人ではないのです。この世界には表面は大人のフリをしていても、実際は3歳児よりも人間性が低い(3歳児の方には失礼ですが)肉体だけの大人がたくさん存在しています。

 

心の成熟がないまま体だけ大人になった人が親になっても、子どもの心を健全に育てることは不可能なのです。

 

また幸せではない親が子どもを幸せにすることもできません。幸せがなにかわからない親は、子どもに幸せを体感させられないからです。

 

親の精神性の未熟さは大きな罪です。未熟さイコール子どもの幸せが濁っていくからです。

 

僕はカウンセラーの仕事をさせて頂いているので、肉体だけ大人になった方(自分のアダルトチルドレンに気づいていない方)とよく出会います。

 

親の義務は衣食住を成立させることだけではありません。

 

子どもにとって本当の本当に幸せを感じてもらえる家「自分はそのままの存在で十分愛されている、尊重されている」という確かな愛しさを与えることも親の義務なのです。

 

親から真剣に愛されている感じ、関心されている感じがなければ、子どもは自分の存在に誇りをもつことができません。自己評価も高くなりません。

 

自己評価が低いのに「がんばって生きなさい」といわれても不可能なのです。

 

子どもに幸せを感じてもらうことが親の義務であり、家庭をつくるうえでの「やりがい」でもあります。

 

そして子どもの立場と親の立場はまったく違うということです。

 

子どもは親から逃げられない分、親よりも立場が弱いのです。

親は外の世界を知っている分、子どもよりも立場が強いのです。

 

立場が強い人が立場の弱い人を表面的ではなく、物理面だけではなく、心の底から安心感を感じてもらえるまで精神性を提供し続ける。

 

それが子どもを産む」という権利から生じる義務だと僕は確信しております。

 

現在は本当に残念ながら「家に帰りたくない」若者のホームレスが増えています。家がつまらない責任・家に愛しいものを感じない責任が若者にあるわけがありません。

 

すべて未熟な大人の責任です。

 

「15歳から考えて頂く家問題」自分の家に問題を感じたすべての方にむけて、真剣に書かせて頂きました。つまらない意見・提案かと存じておりますが、一読頂ければ、これ以上うれしいことは僕にはありません。

 

 

 

≪No1 親を好きになれない気持ちをどうすれば良いのか?≫

 

もしあなたが「親が嫌い」という感情をもったとしても、自分の想いを否定する必要は決してありません。どうかその素直な気持ち受けとめて頂きたいのです。

 

「親が好き」という言葉は大人の大好物の言葉です。

親はみな大人だからです。

 

そのため「親が嫌い」という苦しい感情が心からあふれても、気軽に大人に相談できない・友だちに相談することもできずに深刻な悩みを感じている人がとても多いのです。

 

人間は無理に嫌いな存在を好きになろうとすると、自分を押し殺さなければならない問題が増えていきます。しかし我慢の果ては恨みや悲しみの気持ちしか残りません。

 

愛して欲しいという純粋な気持ちが動機だとしても、無理に自分を押し殺して我慢をして「親を好きになろう、、、」とネガティブな気持ちでがんばっても、どんどん苦しくなっていきます。

 

親は嫌いでも良いのです。一番やってはいけない心の問題は、自分自身の感情を素直に受けいれず、ウソをつくことなのです。

 

両親が嫌いな気持ちを自分で受けとめると、自分の本音を自分が認めたことになり、自己信頼が高まります。

 

嫌いな気持ちを両親に伝える・伝えないよりもまえに、まず自分の感情を許すことが大切なんですね。

 

本音・本当の感情を受けとめたとき、人は自分自身を見失わない土台を手に入れて、明るい未来に挑戦しようと思えるようになるからです。

 

親が好きという感情は喜ばれて、親が嫌いという感情は否定される世界。

そんな世界はフェアじゃない。

 

こんな不条理な問題は、この世界が間違っている大人の常識に支配されているからなんです。

 

好きも嫌いも、人間にとって大切な感情です。

 

人は「嫌い!」と誰かに伝えられないと、自分の未熟な部分になかなか気づけない生き物。嫌いという感情はきちんと世界の役に立っているのですね。

ですので、ぜひ、あなたの「嫌い」を大切にして生き続けて欲しいと切に願っております。

 

point【親嫌いな自分を抱きしめて生きよう】

 

≪動画版♪≫15歳から考える家問題

【No1 親を好きになれない気持ちをどうすれば良いのか?】


ブログ 15歳から考える家問題1 【親を好きになれない自分をどうするのか?】

 

最後までお読み頂き誠にありがとうございました。

カウンセラー本橋良太

☆カウンセリングのご用命は下記までお願い申し上げます☆

shanti2003.jimdo.com

 

≪No2 親がずるい!と思った気持ちをどうするのか?≫

2018年7月6日(金)

 

ずるさとは、欲求の大きさと義務の大きさのバランスが合わないことです。

たとえば、1,000円の物を欲しがり支払う必要性をしっかり認識しながらも、100円しか払わないで手に入れた人が【ずるい人】です。

 

金銭や物のやりとりでの「ずるさ」はとてもわかりやすいのですが、目には見えない「精神性のずるさ」はわかりにくいのです。未熟な親は心のずるさをよく行います。

 

親が子どもにアレコレと要求しているにもかかわらず、いざ自分の責任を求められると逃げてしまう。

 

子どもはとてもやりきれない思いになります。

なぜなら、愛を裏切られたからです。

 

それでは親のずるさを感じた気持ちをどうすれば良いのでしょうか?

 

それは【親がずるく生きる人間性】【自分の人間性は100%関係ない】ということに気づくことです。 

 

親は親。子どもは子ども。別の人格なのです。

 

権利を得たにもかかわらず義務・責任を果たさず生きる人は、その時は逃げられ安心を得ても、後で必ず大きな問題が返ってきます。借金と同じ原理なのです。

100万円を借りて(権利)返さなければ(義務を放棄:ずるい状態)利息はふくれあがっていき、返済額は大きくなります。

 

精神性のずるさを続けて、義務を放棄すると借金の利息のようには目で確認できませんが、必ず人生の大きなトラブルとして返ってくるのです。

 

親の不誠実さは、親自身が解決しなければならないこと。

 

もし親のずるさを感じたなら「自分は決して、ずるく生きない!」と決めることです。

 

ただ愛している親が人間性の低い心や行いをしていたら、とても苦しいですよね。しかし、もう一つ違った観点からみれば、親のずるさを悲しむ人の気持ちが理解できるようになったはず。

 

人の気持ちがわかる人は人間で成功できるのです。

 

「自分はずるく生きない、他人にもずるさの悲しみをあたえない」と決めるだけで、未来は必ず明るい方向へすすみます。

 

point【親のずるさの損を今から見抜こう!】

最後までお読み頂き誠にありがとうございました。

カウンセラー本橋良太

 

≪No3 親を信用できないとき、どうするのか?≫

2018年7月7日(土)

 

信頼関係は、心がつながっていなければ100%成立しません。心のつながりとは関心しあって「うれしい、楽しい、悲しい、苦しい」を共感・共有することで少しずつ得られるのです。

 

ギブアンドテイクの心で自分の努力と相手の努力を土台にして、信頼ある関係性をつくる必要があります。

 

しかし家庭においては、まず親が子どもから信頼を得るために努力をする義務があるのです。

 

なぜなら、子どもは「何が正しいのか?」「何が間違っているのか?」という生きるうえで重要な問題の判断基準を、すべて親に委ねるしかできないからです。

 

選択の余地がない状況では、力をもっている存在(親や大人)がその力を頼ることでしか生きられない存在(子ども)に、信頼を得られるように努力を実践するのは当然の義務です。

 

は子どもと信頼関係がなくても、社会で生きることぐらいはできます。しかし子どもは、親を信頼できない状態では学校や社会で安心して生きていくことができません。

 

家庭における信頼関係の構築において「親は積極的、子どもは受け身」の関係を崩してはいけないのです。(子どもが成人し独立するまで)

 

子どもが親が信用できないとき、具体的にどうするのか? 

  • 親を信頼できない自分を決して責めないことです。
    大きな責任は、まず親にあるという事実があるからです。責任の所在が理解できれば自信をもって生きていけます。

  •  「信頼とは何か?」と考えて【自分】で答えをだす
    自分で考えて出した答えに納得ができれば、親が信頼できないモヤモヤとした気持ちは必ず解消していきます。

  •  人から信頼されるためには、どうずれば良いのか?
    この答えを出し、実践することです。

 

ちなみに、私の信頼の答えは「なければこの世界は終わる」です。

 

point【本当の信頼とはなにか?を常に考える人間になろう】

最後までお読み頂き誠にありがとうございます。

カウンセラー本橋良太

 

≪No4 親の夢をおしつけられたとき、どうするのか?≫

2018年7月8日(日)

 

子どもに自分の夢をおしつける親の特徴は『不幸』なことです。

 

幸せな親であれば自分の夢を他の存在におしつけることはあり得ません。そして「自分の夢を受け継いで欲しい」と間違った欲求をもつことさえないのです。

 

なぜなら夢をもたなくても、果たさなくても、今の日常から幸せを感じられるからです。幸せな人は自分の責任をこえる欲求をもつことはありません。

 

幸せはいつも【今】からしか感じられないものなのです。

 

子どもが【今】に幸せを感じられない親の夢を背負い言われた通り努力した結果、本当に叶えたとします。 (例えば、東大に入学など)

 

親は本当に満足できるでしょうか? それは不可能なのです。

 

子どもが生きているだけで満足な親。

子どもが「何か」を到達しなければ満足できない親。

 

結局のところは、この2っのパターンの親しか存在しません。「今」の子どもの存在に満足できない親は、常に心の意識が「満ち足りない」という悲しい状態で生きているのです。

 

「悲しい状態」で生きる親は、すべての出来事に悲しみは発見できても、幸せに気づけません。

 

そのため子どもが自分の夢を叶えてくれたとしても、その出来事からまた悲しい部分を見つけては不幸になっていくだけなのです。

 

では、罪のない子どもが親に夢をおしつけられたとき、どうするのか?

 

親や大人がなんといおうと「夢がなくても人は幸せになることができる」と【今】から気づいてしまうことです。

 

犬や猫をみてください。

彼らは夢も目標ももっていませんが、愛してくれる飼い主がいればとても幸せな表情を見せてくれます。

 

夢をもつ重要性を語る親や大人の表情をそのまま見つめてみてください。

「この人みたいな大人になりたい」あなたの心は感じていますか?

 

【夢の達成と幸せに因果関係ない】と気づいた子どもに、大人が夢をおしつけることはできません。

 

夢をかなえた人のその後の人生にもぜひ、関心して欲しいと切に願っております。

 

point【幸せに目標はいらない】

最後までお読み頂き誠にありがとうございました。

カウンセラー本橋良太

 

≪No5 家がつまらないとき、どうするのか?≫

2018年7月9日(月)

 

子どもは、親よりもつまらない状況で生きています。なぜなら子どもは大人になるまで、どうしても親の存在が必要だからです。

 

衣食住を提供されなければ生きれない弱味を感じつつも、「もっともっと体験したいことがある、しかし現状は体験できていない。」

 

家がつまらないとは、親の強い圧迫感と未来への希望の間で苦しんでいる感情ではないでしょうか?

 

子どもには親のような自由はありません。親に依存するしか生きられない子どもが「家がつまらない!」といったなら、改善の責任は親にあるのです。

 

あるのですが・・・、親は子どものつまらない気持ちを解消する努力をしない現実もあります。

 

辛いと思います。やり切れないと思います。理不尽と思うはずです。

結論をいえば親が不誠実ということです。

 

もちろん家がつまらないからといって、子どものあなたがなにもしなくても良いわけではありません。この世界は「楽しめる」モノは存在していても「楽しいこと」は一つも存在していないのです。

 

そして家庭の衣食住を成立させることは、本当に大変な仕事であり、楽しいことばかりの追求をしていたら家庭は崩壊する事実も、あなたは知らなければなりません。

 

がしかし、あなたはそんなことは百も承知で「家がつまらない!」といっていることも理解できます。

 

では、家がつまらないとき、どうするのか?

 

理解してくれる親であれば、子どもの自分でも「できること」はするという姿勢で何回も話し合う。自分のして欲しいこと+家庭にとって良い仕事を提供する意思を見せる。

 

一生懸命、伝えれば親は動いてくれるかもしれません。

 

問題は、「生意気なこと言ってるんじゃない」と子どもあつかいする理解がない親です。このような人間性の親であれば、「つまらない!」といえば逆に厳しく叱責されて潰されてしまう危険もあるでしょう。

 

それでも、卑屈にならないことです。

 

そして自分のネガティブな感情を親にぶつけるまえに「なにが自分をつまらなくさせているのか?」と心に聞いてみることです。

 

先生にも相談せず、友達にも相談しないで、まずは自分の素直な気持ちを聞いてみるのです。

 

わからないかもしれません。

自分との対話も嫌な気持ちになるかもしれません。

解決もむずかしいかもしれません。

 

でもこの世界で楽しみたいのであれば、つまらない現状の責任を親・友達・先生などに追求しても、本当の意味では手にはいらない。それが真実なのです。

 

つまらない気持ちを理解されなかった悔しさは、卑屈にならないかぎり必ず自分への成長を促します。

 

成長をすれば楽しめる心が向上し、出来事のなから「楽しめる・幸せなこと」を発見することができます。これが楽しい人生の秘訣です。

 

大丈夫、あなたは自分を幸福にできる力を持っています。お約束いたします。

point【つまらなくても腐らないで次をみよう】

最後までお読み頂き誠にありがとうございました。

カウンセラー本橋良太

 

≪No6 親と話が通じないと悩んだとき、どうするのか?≫

2018年7月11日(水)

 

人と話が通じない原因は「心の交流・感情の共感」がないからです。

 

心の交流や感情の共感ができていれば「いっていることはわからなくても」話は通じるのです。「いっていることは最近の言葉ばかりでチンプンカンプンだけれど、なんとなくあなたのいいたいことはわかる」という感覚が「通じている」状態です。

 

言葉の意味がわからないから通じないということはありません。

言葉の意味がわからなくても絆があれば人は通じます。(絆とは心の交流をつみかさねてできる、大人から子どもに積極的につくらなければならないものです。)

 

心の交流がない状態を「通じない」と人はいうのです。

それは心が閉じている事実に気づいていないからです。

 

「通じる」とはお互いの心がオープンになっていないと成立しません。

どちらか一方の心が閉じていれば「通じない」という問題は起こるのです。

 

子どもが「通じない」とネガティブな気持ちになっているということは、大人の心が閉じています。

 

子どもの心は開いているのに大人の心が閉じているという状況は、子どもが大人です。大人が子どもです。立場が完全に逆転しています。

 

心が成長していない大人は自分の心が「相手にとって」閉じている状態なのか?開いている状態なのか?関心しません。

 

この大人の「心を閉じている状態に気がついていない」という状況に子どもは「自分は開いているのに、、、」とやり切れない気持ちになるのです。

 

100%大人の未熟さです。申し訳ございません。

 

子どもの立場は大人によりも確実に弱いのです。弱い立場の人が心を開いているのに、大人が自分の心を閉じている問題に無関心では、悲しい思いをするのは当然です。

 

立場の強い人が心を開き、立場の弱い人に寄りそわなければこの世界から戦争はなくなりません。この問題を克服することは大人にとって逃げれない義務です。

 

それでは、親と話が通じないと苦悩したとき、どうするのか?

 

この世界にはたとえ「自分が心を開いていても」、心が開けない・心が閉じていることも気づけない大人が存在すると悟ってしまうことです。(悟りとは頭の理解ではなく体全身にわかるという体感です)

 

100歳の大人になっても心を開けない人は存在します。(ほとんどの大人は心が閉じている事実に気がついていません)

 

心が閉じている問題は、親だから、学校の先生だから、政治家だから、教授だから、総理大臣だからという役割はすべて無関係です。

 

心が閉じている=未熟なのです。

 

心が閉じているということは相手にたいして無関心です。無関心は愛の反対です。子どもは自分が大人に関心しているのに、その大人は自分を「本当の意味」では見ていないので、やり切れないのです。

 

自分が相手に心を開いているのか?という自己を見つめる姿勢は大事ですが、もし心を開いている自信があるのに大人が閉じているのであれば「未熟な人だな」と評価して良いのです。事実だからです。「こんな大人はこの世界にいくらでもいるだな」という冷静さと客観性は大事です。

 

そして子どもある自分が心を開いているにもかかわらず、心を閉じている大人はカッコ悪いと思って、判断して、絶対に自分はそんな大人にならないと決意してしまうのです。

 

弱い立場の人が心を開いているのに、心を閉ざしている大人ほど、ダサイ人間はいません。

 

あなたは親の問題をとおして「話が通じない」という極・苦悩を味わっています。その悲しみを理不尽にも体験してしまったのであれば、こんな苦しい体験を自分よりも弱い人に味あわせてはいけない。

 

そう決意してしまうことが最高の対処になるのです。

 

point【心を閉ざすと100%愛されない事実を今から知ろう】

最後までお読み頂き誠にありがとうございました。

カウンセラー 本橋良太

 

≪No7 親が「私」よりも世間を気にしていたら、どうするのか?≫

2018年7月16日(月)

 

自分の親が子どもの「私」よりも、世間の評価に怯えていたり、気にしていたりする原因親の心が大人になっていないからです。

 

心が成長すると自分にたいする信頼感が高くなってくるので、過度に世間からの評価・称賛・評判・どう思われるのか?などを気にする心理は消えていきます。

 

人間は自分の精神を確立しないと100歳になってもアダルトチルドレンのままです。

 

無意識に「自分の心は子どものまま」を感じている大人は、世間の評価などを異常に怖がります。子どもを産んだから・育てているからという理由だけで、世間や社会などによる常識の恐れは克服できません。

 

その結果、未成熟な親は子どもに関心するよりも「世間にとっておかしくない自分なのか?」などだけに意識がいってしまい、本来、真剣に向き合わないといけない存在(自分自身・夫婦・子ども)に無関心になっていくのです。これほど悲しい家庭の惨状はあまりありません。

 

子どもには「顔」がありますが世間には「顔」がありません。

つまり世間の評判や評価は本来は実体がないものです。

 

心が成長・成熟していない大人は実体のない幻影を恐れているのです。

 

当たり前ですが、実体のない世間の評価を気にしても、家庭が幸せになったり、親子関係が健全化したり、夫婦関係が仲むつまじくなったりすることはあり得ません。

 

親の義務は世間の幻影をこえて家庭に真実の幸せを呼びこむこと。

 

心が未成熟な大人や親は、大切な家族の評価よりも世間の評判に意識をむけて生きてしまうのです。この問題は社会にとって深刻な問題といえます。

 

家庭が壊れてしまうからです。

 

子どもは「私」よりも世間を気にしている自分の親を悲しく思います。

「世間の評判というフィルター」をとおして自分の価値を親は評価しているからです。

 

学校のテストの点が悪く怒る親がいます。とても未熟な親です。

自分の子どもを勝手にテストするという学校のシステムに未熟な親は怒れません。

 

本来であれば、おかしいシステムです。

テストの点が悪く自信を失った子どもに勇気づける行為は大変です。

 

通信簿で「もう少し」と勝手に決めつけるシステムのほうが、どうにかしているはずです。「もう少しとはなんでしょう?」と学校に文句をいう親のほうがマトモです。

 

自分の子どもを真剣に愛しているのであれば「たいへん良い」といわれても「すでに知っている」と親は思います。「だから?」という感覚です。

 

学校のテストで怒る親は世間の評価を気にして子どもを判断しています。

 

順番が逆です。

 

今の子どもを最大限に関心して評価してあげてから、世間にたいして愛がある子どもなのか見てあげれば良いだけです。社会には自分の力だけでは生きられない立場の弱い人がたくさん存在しています。

 

障害者の方もそうでしょう、ホームレスの人もそうでしょう、人間だけではなく動物や虫もそうでしょう。

 

子どもが世間にたいして愛があり優しければ、世間を意識する必要はないわけです。

世間の評価を気にしているということは、子どもよりも世間を大事にしているということ。すべて未熟な親のしていることです。

 

子どもは親に関心されないと生きた心地がしません。本当に苦しいのです。

 

世間を気にしているということは、心が大人になっていない証拠。

 

では、親が子どもの「私」よりも世間の評価ばかり気にしていて、追及しても認めず、改めず自己変革しない場合、どうすれば良いのか?

 

あなたがそのような大人や親にならなければ良いのです。苦しい納得の仕方ですが、そうとしかいえないのです。親は別の人間。変えることは残念ながらできない。

 

子どもの自分の存在よりも、世間を気にしている親のようになりたくないのであれば、そうならないように一生懸命生きることです。

 

世の中には世間をまったく気にしないで楽しく子育てをして、愛を育む親が存在しています。最高に素敵な親をしている人は確かに存在しています。

 

そんな人に会うまで、どうか前を向いて生きて欲しいのです。

 

あなたが世間にたいしては愛や優しさをもてば、それ以上、考えることはないと判断し、自分を真剣に愛して、大切な人を真剣に守れば、必ず愛のある人との出会いがやってきます。

 

出会うその日まで希望を感じて欲しいのです。

 

親に世間を気にされて、自分に関心されない悲しみや苦しみは異常です。強く理不尽さとやり切れない思いが心を支配していきます。

 

しかし、あなたは「この文章」を読めている。

 

苦しい状況でもやり切れない圧迫を大人からあたえられても、誠実さを失っていない、あなた。どうか、まずは自分を真剣に認めて・許して・否定せず・そのまま愛する人生に進んで欲しい。

 

世間や常識は恐れる存在ではないと体で悟ったときは、自分の親を超えたときです。もう既に超えているかもしれませんが。

 

point【世間に怯える人で大人はいない】

最後までお読み頂き誠にありがとうございました。

本橋良太

 

≪No8 親への怒りがおさまらないとき、どうするのか?≫

2018年7月28日(土)

 

怒りという感情は恐れです。

人は恐れを体感すると怒りの感情を生み出し感応させないのです。

恐れていると一歩も動けなくなるからです。

 

親にたいして激しい怒りや高ぶった感情を強く感じたときは「自分は親にたいしてどんなことを恐れているのか?」を分析・思考するチャンスす。

 

怒りの感情のなかには自分の本質が眠っている可能性があるからです。

 

恐れを分析して客観的に判断できると人として大成できます。そして二度と同じ問題で恐れる体験をしないで済むのです。これが人としての成長です。

 

子どもが怒るということは大人が理不尽である可能性が高いのです。ただ誠実or理不尽の行動は大人の自由意思に任せるしか方法はありません。やり切れない想いですが、人を変えることはできない。

 

あなたは親から愛されても、親から変えられたくないと考えているはずです。人は自分で変わりたい生き物で他人から変えられたくない存在だからです。

 

この話は親にたいする怒りのなかに存在する、本質的な自分を分析しましょうという難しい提案をしています。

 

怒りのまま行動すると自分が恐れている問題に背を向けることになり、また同じ問題で恐れるという過ちをしてしまいます。

 

しかし怒らず「自分が親になにを恐れているのか?」と前向きにとらえると、恐れの原因と自分の弱点が見つかり人として強くなっていきます。怒りにたいする冷静さの狙いはこの点にあります。(未熟な大人は不可能な行為です。)

 

親の行いに怒るということは「自分が見つめたくないもの」に触れたのです。

その見つめたくないものとは一体なんでしょうか?

 

たとえば親が約束を破った問題で怒りを感じたとします。この怒りのなかに恐れの本質を見抜く姿勢が大切です。

 

約束を破られたことで恐れを感じるということは、もしかしたら親から愛されていないと不安になっているのかもしれません。親は実は自分を見ているようで見ていないと怖がっているのかもしれません。親との人生で裏切られてしまう恐れを抱いているのかもしれません。

 

どのような恐れでも良いのです。大切な問題は「恐れにたいして冷静に見つめる姿勢」が人生を幸せにするために必須なマインドということです。

 

とても深刻な状況ですが「親から愛されていない」が事実だとしても、私たちの人生は終わるわけではありません。愛されていない事実を感じてしまったとしても、できることがあります。それは自分を愛そうとする努力です。(恐れを自覚しないと自分の「できること」に人は気づけないのです。)

 

親が自分を見ていないことを恐れていても、大変厳しい修行ですが自分自身の本質を見ようとはできます。裏切られる恐れがあっても自分自身を裏切らない覚悟があれば、必ずその想いは凌駕することもできるのです。

 

僕は年齢が子どもであっても、その人を大人として尊重します。厳しい提案ですが、家問題で苦しんでいる人は人間に強い人と確信しているので、必ず怒りのなかに存在する本質的な自己に出会えると強く感じているのです。

 

怒る大人はたくさんいます。しかし怒りのなかに存在する「なにを自分は恐れているのか?」を見つめる大人はほとんどいません。

 

自己の感情をあるがまま見つめられる人が本当の大人です。

自分の感情を見つめられず怒りに翻弄されている人は体だけ育った人です。

 

15歳という年齢はたしかに若いです。

しかし心を大人にする努力に「早すぎるタイミング」はありません。

 

愛して欲しい親にたいしての怒りを見つめる人は、必ず大成をして幸せになっていきます。僕自身はまったくできませんでしたが、心ある人に希望をたくして提案させて頂きます。

 

point【怒りの中身は本当の自分】

最後までお読み頂き誠にありがとうございました。

カウンセラー本橋良太

 

【No9 子どもを幸せにできない親。】

2019年5月16日(木)

 

親自身が自分を最高に幸せにしようとしなければ、子どもを最高に幸せにしようと思っても決して出来ません。100%お約束します。

 

なぜなら、人間は自分が幸せにならなければ「なにが幸せなのか?」一生わからない生き物だからです。

 

このような親は世間や社会が評価する「幸せだろう」物などを子どもにあたえて「子どもを幸せにしているだろう自分」に安直に満足します。

 

この親は無知、または愚かな人です。

 

15歳。非常に問題ある親(不誠実で)の前で苦しむ人も多いでしょう。

 

親ではなく自分の幸せを追求してください。

 

安直ではなく本当の幸せはなんなのか?

 

ゲームにあるのか?友達か?学校の先生のいう将来か?誰もが羨むものをもつことか?

 

幸せは必ず自分のなかでしか見つからないのです。

 

カウンセラー本橋良太

☆お読み頂き誠にありがとうございます☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年2月14日にて無料電話カウンセリングは終了いたしました


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