メンタルケア 心の119番

心にかかわるすべてのことを

毒親問題の対処

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≪No1 毒親が嫌がる言葉を口にしよう≫

 

毒親は邪気ある言葉が「本当」は好きです。

(他人の幸福よりも不幸を喜びます。)

調和度の高い言葉は本質的に嫌う傾向があります。

 

言葉は自分を守るために使える魔法です。

 

もし毒親を遠ざけたかったら、

 

ありがとう

うれしい

たのしい

幸せ

ついてる

豊かだな

最高の気分だね

生きてて良かった

 

などポジティブな言葉を毒親と「会っているとき」も「会っていないとき」も呪文のように口にしてみてください。

 

毒親と波動がズレると自然と縁が切れていきます。波動を高くするにはポジティブな言葉が大切なのです。

 

そんなことくらいで毒親と離れられるわけないという言葉も、毒親が大好物なネガティブな思いであり言葉ですのでご注意願いますよ♪

 

【動画での説明になります。】


ブログ 毒親の対処法 1 【毒親が嫌がる言葉を口にしよう】

 

point【独り言をすべてポジティブな言葉にしよう】

最後までご覧頂き誠にありがとうございました!

 カウンセラー 本橋良太

 

≪No2 毒親は人間をやめているという深い理解≫

2018年7月2日(月)

 

毒親問題で苦しむ人が理解しなければならないこと。

それは「人間は人間をやめることができる」という事実です。

 

人間をやめるとは人間性を完全に捨てるという意味になります。

 

シンプルに人間を判断すると「愛」or「恐れ」に別れます。

 

毒親は恐れで人間性を放棄している存在なのです。

 

無意識の心理にかくされた自分の恐れは、思考・感情・行動が未熟なレベルで顕在化されていきます。毒親は自分の人生にたいする恐れから目を離したいという欲求で自己無関心になりますので、未熟な行いを反省できません。

 

自分の未熟な思考・感情・行動・考え方を自己無関心から無視すると、人は次第に人間性を放棄していきます。人間性の放棄の果てが「人間をやめる」ということです。

 

人間らしさとは「愛」にもとづき自分を客観的に評価する姿勢を意味しています。毒親は恐れから自分の真実に盲目になっているので、主観的で感情的でますます「人間らしさ」を捨てていきます。

 

恐れで心がいっぱいになった毒親は子どもの存在にも無関心になります。毒親問題で大人になった子ども深刻に苦しむ(幼少期もですが)のは、親が人間をやめてまで「自分のことしか考えられていない自分に気づこうとしない」からです。内省の放棄といいます。

 

ですので毒親問題で苦しい人は人間は人間をやめれるという事実を受けいれる必要があるのです。

 

本橋良太

 

point【真実を受けいれる覚悟が解決に導く】

 

No3 毒親に「外の世界を恐れなさい」と洗脳された自覚をもつ

2018年7月3日(火)

 

人間に弱い人は人生が不調和になります。

毒親問題で苦しむ人は人間に弱い人です。

 

なぜなら「あなたはあなたのままでは生きてはいけない」という観念を意識・無意識であたえつづけてきた存在が毒親だからです。

 

一言でいえば毒親は子どもに強い劣等感をあたえます。

 

劣等感をあたえられた子どもは意識・無意識の世界で「自分を疑って・恐れて・否定して」生きています。

 

愛されるはずだった親から愛されなかったという傷は自分の存在にたいする恐れにつながり、この恐れを感じたくないので「自己無関心」(心を閉ざしている状態)になってしまうのです。

 

自己無関心になった人は自分の思考・感情・考え方・行動を尊重することは不可能です。その結果、自分自身とのコミュニケーションが不成立になってしまうのです。

 

自己信頼が不能になった人は人間にどうしても弱くなってしまい、自分の意見を伝えたり、力を借りたりすることなどが難しくなります。

 

つまり人間に弱くなるゆえ孤立をしていくのです。

 

孤独自分の意思で一人になるという意味です。

孤立疎んじられて一人になってしまう意味なのです。

 

人間にたいして強くなるとは、表面的に相手を屈服させたり力を誇示して支配したりすることではありません。

 

ただただ自分自身の「本当」を率直に見つめて、真剣にコミュニケーションをとることで得られる力なのです。

 

人間にたいする強さ・弱さにとって「他人の存在」は無関係なのです。

 

自分が考えている本当はなんでしょうか?

自分がしたいと思っている本当はなんでしょうか?

自分がしたくないと思っている本当はなんでしょうか?

自分が信じている価値観の真実はなんでしょうか?

 

人間に強くならなければ、この世界を常に恐れて生きなければならないことになります。

 

毒親は子どもの「本当」を奪い「外の世界に対応する(都合の良い)だけの人間」にしようとします。

 

毒親に苦しめられた人がやらなければならないこと、それは自分の「本当」を知り・自分とコミュニケーションを何度も何度も繰り返し仲間になり・絆を深め・自己に誇りを取り戻し、人間に強くなることです。

 

外の世界にたいする恐怖がなくなったとき、人ははじめて本気で人を愛せるのです。恐れがある内は、本当の意味では愛せないのです。

 

あなたは恐れを抱いている存在が本気で誰かを愛している姿を見たことがありますか?

恐れていたら、まずしなければならないこと、それは防衛なのです。心を頑なに閉じなければ傷つく恐れがあるから、人は防衛をするのです。

 

防衛をしていたら心が開いていないため誰も愛せません。

 

point【本音を行動すると必ず人は強くなる】

 

最後までお読み頂き誠にありがとうございました。

カウンセラー本橋良太

 

≪No4 なんだかんだいって毒親に苛められている人へ≫

2018年7月5日(火)

 

毒親に苛められている人の人生は「人間の人生」とはいえません。本当に!早くなんとかしなければなりません。

 

毒親問題で苦しんでいる人は、まだ本当の人生は始っていないのです。不誠実な人間に自分の人生を邪魔されていてバカにされていて不幸になった人はいても、幸せになった人は存在しないのです。

 

しかし「まだ」ということは、苛められている現実を変えれば「これから」は本当の人生が始まるということです。

 

毒「親」にかぎらず、奥さん・旦那さん・友達?・同僚など、毒のある人たちは、人間にとって大切な精神力・時間・体力・お金・運気を平然と憮然と奪っていきます。しかも奪っている自覚はありません。奪っているので感謝がないのです。(表面ではありがとうと言うかもしれませんが)

 

人生はこれらを使って、不幸をさけて克服して、楽しく健全にして幸福にしていくものです。しかし苛められている間は、精神力・体力・時間・お金・運気はどんどん消耗していきます。

 

毒親はあなたを苛められるから苛めるのです。

苛められないとわかったら苛めません。

 

なぜなら、毒親は強そうに見えても本当は極・弱いからです。

毒親以上に弱い人はいません。

 

人を苛める人は自分の人生に強い恐れを感じています。

ただ恐れでいっぱいになってしまうとエネルギーがなくなってしまうのです。

 

このとき、やさしく弱い人(あなたのような)をターゲットにして、エネルギーを奪う存在が毒親です。

 

エネルギーがなくなったら人は死ぬのです。見たことがありませんか?完全にエネルギーがなくなってしまい、不浄な人にさらにおいこまれ、とてもやさしい人だったのに次元が明らかに違うような場末で生きねばならない人を、、、。(このような方であっても人生を取り戻すことは絶対に可能です)

 

今、毒親に苛められていて悶絶的な苦しさを味わっている人は、どうか夢・目標・したいこと・したくないことを真剣に見つめてください。「ずっとやりたいと思っていたけれど、やらずに我慢していること」などです。

 

夢や目標には精神力・時間・体力・お金・運気というエネルギーが必要と思いませんか?

 

たった一度の人生で自分が到達したい目標どころか、生活に必要なエネルギーを奪われて「本当」の人生といえるでしょうか?

 

毒親に苛められている人生は本当の人生ではない。

 

苦しめられている人は、この事実を受けいれる姿勢が重要なのです。気づくこと、悟ることが「本当」の人生のカギとなってくれるのです。

 

point【本当の人生(幸せな)が別に用意されている事実に気づこう】

最後までお読み頂き誠にありがとうございます。

カウンセラー本橋良太

 

≪No5 毒親はあなたを100%見ていない≫

2018年7月6日(金)

 

毒親はあなた(子ども)のことを見ていません。

目には入っているのですが、関心をしていないのです。

 

毒親問題で苦しむ人は毒親の「見ていない」を知る必要があります。

 

「子どもを見る」とは、子どもの存在から現れる気持ちや感情、考え方、欲求、そして「今」どんな状態なのか?を知ろうとすることです。

 

相手を理解しようとするときは相手に関心しなければなりません。

相手を理解しようと思っても相手に関心していなければ不可能です。

 

子どもは親に関心します。子どもにとって親は愛して欲しい存在だったからです。自分を一番理解して欲しい存在だから、たとえ親が大泥棒でもその仕事を理解しようとがんばります。

 

毒親は子どもに無関心なのです。なぜなら毒親自身が自分に無関心だからです。

 

通常、人が外の世界に無関心になってしまうと、衣食住にたいする安全と快楽しか求めなくなります。

 

つまり毒親性が高い人は、子どもを衣食住を成立させるための道具としての判断しかできなくなるということです。

 

「毒親から実は見られていない」を理解できない、感じられない人が大切なエネルギー(精神力・体力・お金・運気・時間)を自ら提供したり、奪われたりしているのです。

 

無関心の原因は自分という存在の恐れで自己を喪失させてしまったからです。顕在意識・潜在意識・無意識の領域が恐れでいっぱいになったとき、人は「自分」を放棄します。

 

自分を捨てた人は外の世界に関心できません。ただ衣食住にかんする安全と快楽に興味を示すだけなのです。

 

point【関心されていないという感覚を身につけよう】

最後までお読み頂き誠にありがとうございました。

カウンセラー本橋良太

 

≪No6 毒親は「人間から逃げない人」に100%勝てない≫

2018年7月7日(土)

 

毒親に負けない自分をつくるには「人間から逃げない」姿勢が大切です。

 

この世界で幸せになりたいのであれば「人間に強くなる」ことは避けてとおれないのです。

 

幼いころから毒親に苛められてきた人は人間にもの凄く弱いのです。それは「あなたという存在はそのままでは価値がない」と洗脳され「自分よりも外の世界に評価されないと価値がない」と圧迫されてきたからです。

 

そのままの自分・あるがままの自分を根源的に否定されて「まわりの人に役立つ人間にならなければいけない」と教えられた人が、人間を恐れるのは当たり前なのです。

 

「自己評価の低さを感じないためには、他人に評価を上げてもらうしかない」と、どうしても他人の存在が大きくなってしまうからです。

 

本来、他人を気にする必要はありません。

本当に気にしないといけない存在は自分だけです。

 

自分に関心できない人は愛する家族も関心できないからです。

 

毒親に育てられた人は人間が怖いのは当たり前ですので、弱い自分を変に判断する必要は100%ありません。

 

あなたに「人間に弱い責任」はありません。ですが、、、

弱さの問題を責めたところで強くなるわけもありません。

 

では、どうすれば人間に強くなり、毒親なんかに負けない心はつくれるのか?

 

それは冒頭でも述べたように「人間から逃げない」姿勢をもてば良いだけなのです。相手をやっつけたり傷をつけたりする力は必要ありません。

 

ただ、苦しいな、この場から去りたいな、と感じるような人間的なコミュニケーションの修羅場が発生したとき、逃げなければ自然と人は強くなるのです。

 

人間にたいする弱さを感じたとき、逃げるのか?逃げないのか?で将来の幸せは決まってしまいます。

 

大丈夫。そんなに強い人など存在しません。

とくに毒親は弱いです。

 

毒親を怖がる人は、愛されたかったという弱みがあるから毒親が強大になっているだけです。他人に評価されないと生きていけないと洗脳されてきたから、人間が怖いだけなのです。

 

自分を愛して、そのままの存在で価値があると思いだせば、恐怖はきえます。そのきっかけは、コミュニケーションから逃げない姿勢です。

 

point【自分を愛すると逃げなくても平気になる】

最後までお読み頂き誠にありがとうございます。

カウンセラー本橋良太

 

≪No7 毒親問題を否定する大人が毒親≫

2018年7月10日(水)

 

「育ててくれた親に毒親なんてあまりにも失礼」などの言葉をいっている人が親であれば毒親です。親でない人は強い毒親性をすでにもっています。

 

なぜなら毒親性の深刻な問題に関心していない・客観的ではないからです。毒親性とは独善・独りよがり・主観的・偏見を意味しています。

 

自分の世界観を崩される逆説が飛びこんできたとき、非難・否定・無関心・主観的で判断・感情優位になる人はすべて小人です。大人ではないということです。(毒親は小人です。)

 

大人は今まで信じてきた価値観・情報を覆されるような逆説にふれても、まず一度は尊重してその世界を受けいれようとします

 

出来事はあるがまま見つめなければ真実にふれられないからです。

 

大人(心が成熟した人)は逆説を、非難・否定・無関心で接することはあり得ません。批評はしても主観ですべてを判断はしないのです。もしかしたら「信じたくはない話」のなかに「もっと幸せになれる要素」が入っているかもしれないからです。そして、それは本当のことです。

 

感情的で直情的なマトモな人は存在しません。怪獣と一緒だからです。

 

大切な姿勢は「毒親」という自分が今まで信じてきた価値観・観念をひっくり返す話がやってきても、冷静に「どんな話なのか?」と関心を示すことです。

 

なぜなら自分も毒親である可能性がありますし、完全に不浄な親をしているのに「良い親」と独善な心理に侵されている可能性があるからです。子どもにとって親が独善で生きるほど迷惑なことはありません。

 

そして毒親がいる・いないはどうでも良いのです。

 

「自分も毒親性をもっていて、実は子どもを不幸にしているかもしれない?」という客観性が人には必須です。毒親は自分の未熟さに、ツッコミをいれられないのです。

 

たとえば暴走族にはいり社会で問題行動をおこす人がいるとします。

 

自分の子どもが暴走族ではない毒親は「どんな育て方をしたのか?」と親や状況を否定して終わります。その問題から自分を省みるという姿勢を欠如しているのです。

 

自分の子どもが暴走族ではない大人は「自分の子どもは暴走族ではなくて良かった」とまず幸せと感謝を感じます。そして「なぜ、あの子は暴走族にはいったのだろうか?」と否定・非難ではなく状況に関心するのです。大人は独善にならないので「今の幸せ」と「将来の幸せ」にむけて前進できるのです。

 

毒親と大人の感覚は180度違うのです。

 

自分の信じたい価値観をくつがえす危険がある情報を丸ごと否定していれば、本当に毒親である可能性があるだけになってしまいます。

 

毒親問題で苦しむ人は「親に毒親なんて失礼」系の話をする人を相手にする必要はありません。相談をしてもいけません。その人自身も強い毒をもっているからです。

 

毒親の話を「受けいれられる人」が毒親ではないのです。毒親の話を受けいれない・許せない・非難する・否定する人が毒親なのです。一番の問題は無関心です。毒親の話が目にはいる・耳にはいっても、見てはいない・耳にはいってない状況になってしまう人が一番深刻です。

 

point【逆説にふれたとき大人or小人かが決まる】

最後までお読み頂き誠にありがとうございました。

カウンセラー本橋良太

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≪No8 【私の失敗談】毒親を相手にしてはいけない理由≫

2018年7月16日(月)

 

僕の毒親(実母)での失敗は「相手は自分を見ていない、関心していないのにコミュニケーションを何度も行ってしまった」ことです。

 

そして心のなかに「まだ愛してくれるのではないか?今度こそは僕をきちんと見てくれるのではないか?」というをもっていたのです。

 

しかし自分に関心していない相手から愛を求めると人は、その人の精神的・肉体的な奴隷になります。決して大げさな表現ではありませんので、毒親に限らずすべての「毒」的な人間関係で意識して頂きたい話です。)

 

人間関係のコミュニケーションにおいて、相手が自分に関心していない状態では100万回話し合っても、喧嘩をしても絆が生まれることはないのです。

 

今の僕であれば簡単にわかることでも、当時はまだ実母に依存していたので「自分がわからなかった」のです。依存は自己を不在にさせるからです。

 

僕は自分に無関心だったので心のなかにある実母から「愛されたい」という欲求を自覚できませんでした。

 

毒親は子どもの弱みである「親から愛されたかった」という心理を見抜き、自分の都合の良い人生(無責任な甘え・不誠実な要求をするなど)に子どもを巻きこむ存在なんですね。子どもに「親から愛されたい」という渇望があれば、自分の不調和な人生を背負ってもらえる可能性があるからです。

 

もちろんギブアンドテイクの精神をもって、子どもの人生と親の人生を調和させて、協力しあってより健全なものにするのは素晴らしいと思います。

 

しかし毒親はそうではありません。毒親の心のなかには恐れがいっぱいで、本当は未成熟な子どもなんですね。心が成長していないと人は自分の人生を背負っていけません。背負えないので劣等感をもっている子どもをターゲットにするのです。

 

意識・無意識の自己心理に「私なんて、、、価値がない」とすりこまれている人は、自らすすんで他人の奴隷になろうとします。不誠実な要求を受けいれる行為により、一時的に劣等感が癒されるからです。しかしそのまま改めず生きると将来は必ず地獄が待っています。なんとか早く気がつかなければなりません。

 

僕はその当時、実母の心理が顕在意識では判断できませんでした。

 

その結果、何度も僕は実母と不要なコミュニケーション(話し合い・喧嘩&仲直りなど)を行っていたのです。これは毒親の対処で決してやってはいけない行動です。

 

なぜなら安易な安心を毒親にあたえてしまうからです。(安易な安心を毒親にあたえてしまうと、エネルギーを奪いに何度もきてしまいます)

 

子どもが親を説得するため一生懸命話しても、行動しても毒親は無関心なので100%見ていません。(自分が子どもを見ていない事実に気がついていないがより正しい表現です)

 

毒親の最大の関心事は「今のまま成長しない自分・自己都合なわがまま、甘えを要求する自分・変わらない自分」でも子どもは受けいれてくれるのか?だけなのです。しかし子どもに関心してしまうと毒親がもっている欲の計画どおり進めることはできません。

 

関心とは愛そのものです。

関心とは人の存在から外に現れる、感情・考え方・行動・欲求を尊重して受けいれるという意味です。

 

相手を尊重すると自分の禍々しい要求は不可能になり引っさげないといけない。毒親はこれが嫌なわけです。子どもを尊重して自分の思いどおりに出来ないのであれば、子どもにたいする関心や尊重を捨てられる存在。それが毒親なのです。

 

毒親は自分の人生を背負いたくありません。背負うほど心が成長していないアダルトチルドレンなので、口には出さないけれど自分の人生を恐れているのです。

 

また肉体だけ大人になった人は、見栄があるため素直に「助けてください」といえません。その結果、子どもにも心を閉じた状態でコミュニケーションするしかできないのです。心が成長していない・見栄で素直さがない状態では人間関係は構築できません。

 

もちろん、自分の心を成長させない・見栄をはって素直さを捨ててしまうのも、すべて毒親の責任です。子どもはなかなか毒親の真実に気がつきません。再三ですが、子どもは親から愛されたいと願う存在だから、真実が見えにくいのです。

 

毒親問題で今も苦しんでいる人はまず毒親は相手にしないこと。正しい主張だからと理解して欲しいからと、コミュニケーションをもちかけるのは大変危険と理解することです。

 

そして親から愛されたいという気持ちを見つめる姿勢も大切です。愛するとは心が成熟している大人でないと絶対にできないことです。毒親は心の成長を無関心で生きて、世間を迎合することで居場所を見つけようとした存在です。

 

しかし世間の常識には幸せはない。毒親は無意識に知っています。しかし認められません。成長していないから自己変革ができないのです。

 

親が毒親になったのは、すべて親の責任ではないかもしれません。社会や世間、そして親の親にも問題はあるでしょう。

 

しかし毒親の責任は子どもにはありません。毒親の人生を無意識に背負ってしまい大切な人生を破壊している人、大切な家庭を壊している人が後を絶たないのです。ぜひ、コミュニケーションに注意する・親から愛されたかった気持ちを見つめることをがんばって頂きたいと思います。

 

point【自己関心がないと相手の真実は見えることはない】

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カウンセラー本橋良太

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≪No9 毒親の要求を飲む子どもの人生は破滅する≫

2018年7月20日(金)

 

人が人で幸せになるためには「自分に関心していない人の要求は受けいれない」という姿勢が重要です。なぜなら関心を得ていない状況で要求を受けいれても絆は結ばれないからです。

 

相手に関心して要求する人は人間関係を構築しようとしています。

相手に無関心で要求する人は利用しようとしているだけです。このような人とマトモな人間関係や健全なコミュニケーションは不可能。

 

毒親は子どもに無関心で生きている事実に気がついていません・気づこうとしません

 

毒親から無関心で接しられているのに、自分は関心して要求を受けいれていると親子関係は破壊の道に進みます。当然、お互いが不幸せにもなっていきます。

 

しかし毒親が子どもの自分に「無関心なのか?関心しているのか?」わからないという話を僕はよく相談されます。

 

関心or無関心は頭で理解することではありません。感覚的なものだからです。「愛」は頭で理解するものではないと同じです。

 

では、どうするのか?

 

他人が「自分に関心している?していない?」を一瞬で感覚的につかむためには「自分に100%関心できる自分をつくりあげる」以外、方法はありません。

 

つまり自己関心100%生きよう!ということです。

 

自己関心とは外の世界の判断・評価を考慮するまえに、自分という存在から現れる思考・考え方・感情・欲求を「知ろうとする・受けいれる・許す努力」を積みかさねる意識により得られるものです。

 

自分に関心していない人は外の世界に関心できません。興味はもっても関心はできないのです。毒親は子どもに関心しているのではなく真実は興味の対象として見ているのです。

 

世界でたった一人の存在である自分から現れる、すべての要素は「社会の常識」を超越しているものばかり。

 

そんな自分から現れるすべてにたいして関心してあげて受けいれると、他人が無関心で接してきたとき「強い違和感」を感じるようになります。このときの違和感は「相手はあなたの存在・人生にたいして無関心で接してきているよ、要求を受けいれたら危険だよ、あなたがどんなに愛していても利用されるだけだよ」と教えてくれているのです。

 

【自己関心がない人は自己防衛は不可能】

 

自分が関心をしている状態で毒親のように無関心な人を受けいれていると奴隷の関係がつくられてしまうのです。

 

人間は自分に関心して自己信頼を勝ちとれば、外の世界に騙されたり支配されたりする脅威が消滅します。

 

毒親に劣等感をあたえられ強い洗脳をすりこまれてきた人であっても「自分に関心する努力・自分を信頼する努力」を続けていれば、必ずいつか自己を誇りに感じていることに気がつきます。

 

自分にたいして力強い誇りを感じられた人は、人間関係が健全化して幸せになっていけます。なぜなら誇り・関心(愛)には「外の世界の真実を明らかにする力つまり一見、わかりにくい毒親や不誠実な存在の正体を見破る力があるからなのです。

 

point【自己関心100%以外、なにもいらない】

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カウンセラー本橋良太

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≪No10 仕返しをしてくる毒親への対処法≫

2018年8月3日(金)再アップver

 

子どもが毒親に反抗することを異常に恐れる問題の一つに「親の仕返し行動」があります。しかし恐れる必要などはありません。

 

もし、暴力をふるわれているのであれば迷うことなく警察を呼ぶ。そして暴力以外の仕返し行動(悪口・嫌がらせ・暴言・味方を奪われる・無視など)をされた場合は、決してあわてず、何事もなかったかのように誠実にふるまえば良いだけです。

 

理不尽なあつかいをされれば誰であってもネガティブな行動をとってしまうは普通の話。しかし人間性の低い行いを毒親からされ、子どもがそれと同程度の行いを返せば状況は前向きに進みません。

 

誠実・正当性のある行動や言動にたいして、仕返しをされれば恨みたい気持ちにもなるでしょう。しかしそれでは相手と同じレベルであることを世の中に示しているのと変わりません。

 

「悔しい」「なぜ私が」「苦しい」「やり切れない」「いっそすべてをぶちまけてやりたい」気持ちをもつのは当たり前ですが、毒親から解放され幸せの人生に進みたいのであれば、始めは辛いですがひたすら忍耐をして、毒親と同じような行動や言動を控えるべきなのです。

 

たとえば「毒親が悪口や陰口をいっても自分はいわない」「味方をつくられても自分はつくらない」「無視されても自分は無視しない」「嫌がらせをされても自分は絶対にしない」という自己の誇りをつぶさない行動は、不誠実な人を自滅させる力があります。もちろん自滅させる意識は不要ですが、事実として起きる現象です。

 

毒親の体のなかには『不誠実な毒』をもっているという弱みが存在しています。親の仕返しで子どもが同じような行動をとれば、その弱みは小さいままで破裂しません。

 

しかし、誠実さで対応されると『毒』はどんどんふくれあがり、子どもの幸せにとって一番良いタイミングで破裂します。

破裂とは毒親が自滅する日を意味しています。

 

毒親の『毒』に栄養をあたえるのか? あたえないかは? 仕返しにたいして誠実な対応いかんですべて決まってしまうのです。

 

point【毒親の行いに同調しない=同じ人間性ではない】

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カウンセラー本橋良太

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≪No11 毒親にたいする依存の断ち切り方≫

2018年8月3日(金)再アップ

 

人間関係の幸せは【自己の信念】をもち、相手と【対等に交際】する姿勢が必要です。 

しかし依存関係は無責任な甘えで交際する心理のため、信念が欠如しているのです。

 

自己信頼や自己愛を喪失した形で交際すると、人はどんどん依存していきます。

自分を見失ったままでは、対人関係において幸せになれません。

 

依存は「自分は頼りにならない・・・」という観念を強固にしてしまうため、どうしても精神的に弱くなります。心は弱くなればなるほど恐れを感じるため、依存を強めていきます。

 

毒親に接してきた子どもは【存在を否定】された経験が普通の子どもよりも圧倒的に多いため、自信がもてません。存在を否定されて自己肯定感が育つはずもなく、信念をもつなどは不可能にちかいのです。

 

そのような人は毒親との関係にかぎらず、人との依存関係を断ち切ることは、死に近い強烈なストレスを感じてしまうのはある種、仕方のない問題なのです。

 

そして「依存を終わらせなければ、幸福な人生はやってこれない」という厳しい課題からも逃れられません。

 

毒親に自己無価値観を植えつけられた子どもは【幸せにはなれない悲惨な環境】で生きてきたのです。

 

その問題をまずは【自分自身が理解】する必要があります。

 

「みんなは(何事にも)普通にできているのに、わたしは・・・」と責める必要はありません。 さんざん存在を否定されて生きてきたのだから、「みんなと同じようにできないことが当たり前」自己を許す姿勢が重要なのです。

 

現実の世界で幸せに生きるためには、自己愛を育み劣等感を克服し、なんとか残ったエネルギーで一歩ずつ進む。それしか方法はないのです。自己を誇りに思える分、依存体質は必ず消滅していきます。

 

point【自分を愛すれば依存は消える】

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カウンセラー本橋良太

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≪No12 世間を恐れる毒親に恐れてはいけない。

2018年8月15日(水)

 

毒親は子どもよりも世間の評価を気にしている存在です。

なぜなら毒親は世間を異常に恐れているからです。

 

なぜ毒親は世間を恐れるのでしょうか?

それは心のなかに存在する子どもが大人になっていないからです。

いわゆるアダルトチルドレンです。

 

「行い」ではなく自分の「存在自体」に罪悪感・劣等感を感じている毒親は、自分のテリトリー(家庭)より外の世界に「どう判断されているのか?どう評価されているのか?おかしいと思われていないか?」を異常に恐れて生きています。

 

愛のある子どもにとってみれば、この毒親の習性には疑問を感じます。子どもは家庭のなかに愛があり固い絆があれば、外の世界を恐れる必要はないと強く感じているからです。

 

毒親は完全に逆の生き方をつづけて、家庭を崩壊したり子どもの人生を破壊したりして自身も不幸になっているのです。本当は家族を真剣に愛して育てて調和した状態をつくりながら、世間を少しみれば良いのですが毒親は気づきません。

 

家庭や家族に無関心な自分に気づかず、外の世界ばかりを気にしています。

 

この毒親に愛を求めても子どもは得ることはありません。子どもを見ていない自分に気がついていないからです。

 

「お母さん・お父さんは外の評価を恐れているのでしょう?」といわれても良くて否定・非難です。ほとんどは無関心なのです。本当に恐れているので、認めたくないのです。

 

世間や社会から評価されない恐れを意識・無意識で感じる状態は、心が大人になっていないからです。精神的に成熟している人は世間を恐れません。自分自身と信頼関係をつくれているからです。

 

私たちの社会は心の成長を阻害する圧迫ばかりです。しかし、たとえ世界が「私」という存在に罪悪感をもつように仕向けたとしても、心を成長させたり向上させたりする行為はできるはず。

 

毒親は世間に評価されていれば安心を得て、本当の意味での成長・成熟を求めて生きなかった人なのです。社会から圧迫された以外ではすべて毒親の責任になります。

 

愛は能力です。愛しにくい相手に「関心」をすると、人は必ず自分自身の反省点・未熟な点を見ざるをえなくなります。ただ、この点が愛の能力を向上させる出発点です。

 

奥さんも旦那さんもお子さんも決して自分の思い通りになりません。他者はとても愛しにくいですし、身近な存在であればなおさらです。その大切な家族に関心して、どうやって愛せるのか?と考えたとき「自分を変える必要性」に気づくのです。

 

家族・家庭は愛の能力を上げるために、そばにいてくれる存在です。とっても愛しにくので、等身大の自分を見つめる機会がとても増えるのです。

 

ただそれは家族・家庭に関心している親だけです。自分の思い通りに家族を動かして無関心で接し、世間や社会の評価におびえている親は愛の能力が進まない存在なのです。

 

愛がない自分に気づかず生きていると、必ず人生を見失っていきます。ですので、毒親は晩年にとんでもない不幸になっているのです。

 

無意識の恐れでも自分の恐れです。自分自身でなんとかしなければなりません。

 

ただ世間に恐れている毒親に愛を求めて子どもは傷つきます。

 

ですので毒親問題で悶絶的に苦しんでいる人が集中しなければならない問題は「毒親が自分にどう生きるのか?」ではなく「自分が世間に恐れている部分はないか?」なのです。

 

自分に関心をして自己信頼を構築できれば世間の恐怖は少しずつ小さくなっていきます。その生き方のなかで「なぜ毒親が世間を恐れていたのか?」が理解ができます。

 

その瞬間、もう毒親に依存していない自己に気づけるのです。

 

point【世間を恐れる存在はすべて毒がつく】

最後までお読み頂き誠にありがとうございます。

カウンセラー本橋良太

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≪No13 毒親と関わらない勇気と決断を。≫

2018年9月18日

 

毒親の正しい対処は関わらないことです。

 

毒親は相手にされている事実を感じるとずっと、毒親のままで生きていけるのです。

 

毒親が相手に求めているのは「今のまま成長しない自分・もっと甘える自分でも受けいれてもらえるかどうか?」だけです。

 

あなたが、どんなに誠実さをもって接していても、毒親は無関心です。

それが毒親性の意味だからです。

 

興味があるのは「なんだかんだいって」自分の都合の良い生き方しかないのです。

 

このような大変、不浄な存在とマトモに関わっていると人生は必ず不調和になります。

 

人間性がとても低い存在にたいして劣等感を理由に関わっていくと、一生搾取されます。とくに子どもは気をつけなければなりません。

 

自分の人生が不調和・不幸になってしまうと愛している人を守ったり深い関係になったりすることが困難になるからです。

 

毒親には関わらない。それが最低限のルールです。

肉体的・精神的な意味で愛をもって無関心を意識する姿勢が大切なのです。

 

point【毒親は自分の都合しか興味がない。】

 

最後までお読み頂き誠にありがとうございました。

カウンセラー本橋良太

 

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【No14 「毒」問題をこえず幸せはない。】

2018年10月28日(日)

 

毒親問題を克服せず幸せになった人は存在しません。

 

毒親は子どもが本当の幸せを求めて生きようとしたとき、必ず、邪魔をする存在だからです。(毒親性の程度により違いはあります)

 

毒親は必ず子どもを「自分の手の届く範囲」にとどまらせようとします。それは精神的な意味でも同じです。

 

子どもが自尊心を高めたり自己を尊重したり、本当に子どもを愛してくれる存在が近寄ってきたりすることを毒親はひどく恐れます。

 

それは単純な理由です。子どもが本当の幸せを得てしまったり真剣に真実の愛を提供してくれる人が現れたりすると、依存できなくなってしまうからです。真実の幸せに気づき、その道を実際に歩みだした人間を止められる存在はないのです。毒親はそのことを無意識で理解しています。

 

毒親は子どもの幸せを考えていないません。もう少し厳密にお話しすると、あまりにも自分の存在を毒親は恐れているので、子どもの幸せを本当の意味で気にする余裕がないのです。

 

ひどく自分の存在が傷ついているため、心の奥、深い部分では「人生が不安で不安でたまらない」と恐れを抱き、常に自分の存在を自分に都合の良い形(子どもの幸せは関係なく)で受けいれてくれる存在を求めています。

 

その被害者はほとんど、子どもです。

 

この世界で依存をして生きなければならない、依存して生きてもいい存在は子どもだけです。(子どもは依存する権利と義務の両方をもっています)

 

しかし毒親は自身の恐れから心を真剣に見つめることはせず、幼児のときのまま、依存できる相手、寄生できる相手を狙います。

 

厳しい表現ですが、毒親は寄生虫の生き方に似ている部分が多くあります。寄生虫が宿主の体を心配することはあり得ません。宿主の幸せを考えたら離れなければならないことが明白だからです。

 

子どもの毒親問題の克服は、まわりに存在している親や大人、世間の人に意識をむける生き方ではなく、まず「自分はどうすれば真実の幸せに到達できるのか?」という一点を真に見つめ、自身との対話からしか始りません。

 

毒親や毒をもっているすべての人は、子どもや愛のある人が、自分を忘れて他者に奉仕する生き方を常に求めているので、幸せになりたいのであれば「毒ある存在の問題」をのりこえなければならないのです。

 

point【世間を気にして「毒」と付き合わない。】

 

最後までお読み頂き誠にありがとうございます。

カウンセラー本橋良太

 

【No15 親に苦しめらる人生はおかしい。】

2018年11月12日(月)

 

「親に悩まされている自分はおかしい」

 

この疑問は自分の人生を真剣に愛で包む覚悟がなければ、なかなか心に生じません。

 

毒親に苦しめられている人はそれが当たり前で異常な状態という真実に気がつかないのです。

 

自分の人生を本気で真剣に幸せにすると覚悟をしなければ、毒親問題にかぎらず、真実に気づくことはないのです。

 

人の幸せは必ず「本当」を土台として始まります。

虚像では盲目の人生で終わってしまうのです。

 

今から毒親ではなく自分の人生の幸せを見つめましょう。

あなたの幸せはあなたしかわからないからです。

 

カウンセラー本橋良太

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【No16 「親だから」で大切にしてはいけない。】

2018年12月26日(水)

 

毒親問題を抱える人は「親は大切にしなければならない」という観念に縛られて自身の本音を手放し、人生で苦しみます。

 

一つの事実として「愛がない人」を大切にしたとき、人は自己愛が欠乏するという状態に陥ります。自己愛がなくなると人生の意味も消滅します。

 

観念は常識でつくられていきます。

常識は「そこに集まっている人たちの幸せの程度」が強く影響するのです。

 

つまり幸せな人がたくさんいないと常識も不幸せになるのです。

結論をいえば世の中、幸福な人は5%も存在していません。

 

たしかに「愛がある親」であれば大切にしなければなりません。しかし「愛がない」のに観念・常識に縛られて、我慢をして搾取され親の人生を背負って生きていると、自分が必ず分裂してしまいます。

 

「親」は役割です。「愛」は魂です。

 

「愛がない人」を大切にしてはいけない。そのような人には愛をもって無関心。

 

たった一回の人生を守るために大切な意識といえます。

 

カウンセラー本橋良太

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【No17 「親が悪かった」で終わってはいけない。】

2019年1月22日(火)

 

毒親問題の解決は「やっぱり、親が悪かった」それで終わりではありません。

 

親が自分の子どもを真剣に愛せる権利を放棄したのは親の問題であり、その問題によって背負う罪も親が解消しなければならない。

 

相手の罪は相手の所有物で、自分がどうこうする問題ではありません。

悪かったと気づいたら、次は自分の人生のはじまりです。

 

「親が毒親で悪い人だった」と気づく心理は、人生を幸せにするチャンスでもあり、一方では「もう不幸の責任を転嫁する意識はできない」という厳しさも圧迫されているのです。

 

カウンセラー本橋良太

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【No18 毒親と会わないため努力を今から。】

2019年5月11日(日)

 

毒親問題で大切なことは「まず親から1秒でも離れること」です。

 

「なんだかんだいって」親と会っている間、毒親は「まだ相手にしてもらえる」と不誠実・依存心にもとづく安心を獲得するからです。

 

子どもに相手にされている事実(子どもに怒られる・文句をいわれる・拒絶をされるなどの行動をふくめ)=まだ自分は子どもにとって相手にしてもらえる価値があると判断するのです。

 

本来であれば子どもに相手にされているうちに、心の成長を求めるのが人間といえます。

 

しかし毒親にその理論は通用しません。

 

相手にされている間、さらに依存関係を構築しようとするのです。依存関係を構築されて幸せになった人はいませんので、非常に注意が必要です。

 

毒親問題で非常に苦しんでいる人は「毒親と会わない努力」を意識してください。

 

離れるためにウソをついても良いのです。

毒親から離れるためであってもウソをついたから人生が不幸になる。

そんなことは100%ありません。私がお約束します。

 

毒親と会う時間が1秒でもあったら、その時間をつかった大好きな人に会いに行ってください。すでに会っているなら、楽しいひと時を過ごしてください。

 

人間の幸せは「あなたを真剣に愛そうとしない感じ」がする人と時間をともにすると、必ず破壊されていくからです。

 

カウンセラー本橋良太

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【No19 子どもを愛せない親が大半。】

2019年5月21日(火)


子どもを愛せない親は稀有な存在ではなく、多くの親は子どもを愛していない事実に気がついていないのです。

 

そして気がつきたくないのです。親自身が自分を真剣に精妙に精緻に愛する道を歩まなければならないからです。

 

自分を真実の意味において愛すること以上に困難な問題はあり得ない。

 

人間は誰であっても心の奥では熟知していることです。

 

毒親問題で深刻に苦しむ人は、この問題を意識すると「親」という幻想から解放されます。

 

カウンセラー本橋良太

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【No20 毒親の呪縛の解き方。】

2019年6月3日(月)

 

毒親から植えつけられた呪縛・マインドコントロール(強烈な劣等感)の解放方法。

それはたくさんあります。

 

大切なことは「この世界に私以上に大切な存在はあり得ない」という言葉を心の奥底まで浸透させるための日常を意識する姿勢です。

 

カウンセラー本橋良太

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【No23 エネルギーを吸いとられた末路。】

2019年6月5日(水)


毒親にエネルギー(体力・精神力・運気・お金など)や時間(残りの命)を搾取されつづけ「私よりも幸せになることを絶対に許さない(表面的ではなく潜在的なメッセージの意味)」という精神的な檻のなかで生きる人の末路はどのような結果になるのか?

 

深刻なほど不幸な人生・大病(心と体)・家庭崩壊(夫婦、親子関係の不和)・大きな事故・出会ってはいけない人と縁が結ばれる・そして死です。ただの死ではなく不幸な死をまねきます。

 

またエネルギーを吸いとられると人間は誰から吸いとりたくなるのです。これが不幸の連鎖となっているのです。

 

どうすれば良いのか?

 

まず可能なかぎり離れること。それに尽きます。

もっといえば毒親と180度違う人格の方と交際できるように意識すれば、将来の幸せは確実です。

 

(毒親の定義:自分が毒親ではないと思っている人。)

 

カウンセラー本橋良太

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【No24 毒親問題と死は隣り合わせ。】

2019年7月3日(水)

 

毒親問題とは肉体の死に直結した深刻な問題なのです。

毒親問題を真実の意味において解放した人が気づける点といえます。

 

カウンセラー本橋良太

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【No25 毒親は洗脳されている人。】

2019年7月9日(火)


毒親問題を「本当の意味」で解決した人は、本来の人間らしい「本当の自分の人生」が始まったという強い感覚をおぼえます。

 

その感覚のなかには「本当の幸せが内包されている」感が力強く渦まいているので、意識からもたらされる一瞬一瞬の体感に恍惚があることが理解できます。

 

それはなぜでしょうか?

 

答えはとても簡単で、毒親とは支配者(国・企業・etc)から完全に洗脳されている存在だからです。

 

この問題を指摘すると、頭おかしいと思われます。

しかし真実を探求すればするほど、間違っていない事実を確認するだけです。

 

毒親は支配者から「不幸せな生き方を徹底的に植えつけられた人(まったく疑わない)」なので、毒親から離れたり克服したりする人が自然な形で幸せになっていくのは当然の話です。

 

カウンセラー本橋良太

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【No26 毒親との対決にむけて。】

2019年8月17日(土)

 

毒親問題で困ったときは意識して完全に独りの時間をもつことが大事です。

 

なぜなら人間は独りの時間がないと客観的になれず主観的になるからです。

 

主観は「相手の問題」にしか意識がむきません。

毒親が相手であれば「親をどうすれば変えられるのか?」ばかりに気持ちが集中してしまい「自分のやるべきこと」が見えてこないのです。

 

主観的「だけ」になると毒親問題は克服できません。

 

客観的になれる時間(感情が乱れていない)がとても大切です。

感情が乱れていると誰が自分の味方で敵なのか?正しく判断できません。

(敵を味方と思い信頼すると大変な目にあいます。)

 

人間は「完全」に独りになれる時間(知り合いがいない空間)に1時間でも身をおき「私はどのように生きたいのか?」と自問自答すると、客観的な意識が芽生えます。

 

毒親は自分の責任を誤魔化す天才でもあるので、人間として正しく責任をとわれたとき「本性」をあらわして勝手につぶれていきます。

 

この「正しく責任を追及する」は被害者の主観100%では成立しません。

 

今までされた行いを客観的に認識・判断することで「許していいこと・許してはいけないこと」が分別できます。

 

この分別に毒親は恐れます。なぜなら子どもにたいして罪深い行いをしてきたことを心の奥底では気づいているからです。

 

独りになって「誰か」ではなく「自分はどうすれば納得できるのか?」の答えを追求してください。

 

追求して「これがしたい!これがしたくない!」が見つかって、行動してみて、結果に納得ができない場合でも、やり直しもできる。そして元に戻ることもできます。

 

一番の問題は「自分のしたいこと・したくないこと」を動機として動かないことなのです。自分が決まらないと責任は明確になりません。

 

自分の精神を盤石にしてはじめて人間は外の世界の存在と闘う活力がわいてくるのです。

 

カウンセラー本橋良太

☆お読み頂き誠にありがとうございます☆

 

【No27 毒親問題と自分の劣等感。】

2019年9月3日(火)


毒親問題は「今のままの劣等感」では克服できません。

 

毒親は子どもの劣等感を狙って、罪の意識を植えつける天才だからです。

 

毒親問題で苦しむ人は「自分を幸せにしなければならない義務」を自覚して、自分を大切にする人生のスタートラインにまず立たなければならないのです。

 

自分を少しずつ大切にすれば少しずつ劣等感は消えていきます。一進一退はありますが、諦めなければ大丈夫です。

 

カウンセラー本橋良太

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【No28 過ちを受けいれられない毒親。】

2019年9月8日(日)

 

毒親は常に自分は間違っていないと意識しています。

 

自分の間違いを認められるほど心が成熟していないからです。

 

カウンセラー本橋良太

 

【No29 毒親から洗脳された変な義務感の捨て方】

2019年9月15日(日)


人は盲目的な義務感では幸福になれません。

「なにからもたらされた義務感なのか?」という分析が幸福と不幸せの分かれ道となるのです。

幸せな義務感とは「私」と「私以外」を真剣に愛する道のなかで「~しなければならない」を実践することです。

不幸せな義務感とは「私」を無視して「私以外」に「~しなければならない」と自分を追いつめることです。

幸せな義務感は忍耐ができますが、不幸せな義務感は我慢しかできません。

我慢は自分を愛していないからできる行動です。心のどこかで「私には幸せが似合わない」と自己評価を下している人が、我慢をしているのです。

我慢は「本当の自分」を見失っている行動のため、無理があり心に不満という垢(あか)がたまっていきます。その垢が自分の器の限界をとっぱしたとき、爆発しさらに下の不幸な階層に陥ってしまうのです。

「我慢では幸せに決してなれない」という認識は重要です。

とくに毒親に育てられた人は執拗なまでに徹底的に劣等感をあたえられているため、「誰かに役立つ人間にならなくてはいけない」という間違った価値観、つまり変な義務感をかたくなにもっているのです。

この変な義務感は無意識のなかで、悪さをします。放置していれば墓場まで消えることはありません。

毒親は子どもに「自尊心を徹底的に奪う」・「子どもからエネルギーを奪う」・「一生幸せになれない価値観をおしつける」などを行います。

その毒親の愚かな行為によって「あるがままの存在では価値がない」と完全に間違った価値観をもってしまった人は「自己無価値観」を少しでも癒したい一心で「~しなければならない」・「~ならなければならない」などの義務感を背負い心の穴を埋めようとするのです。

毒親に徹底的に否定された人は、ただ生きるだけでも免罪符を欲しがります。その免罪符の代価が「~しなければならない」という義務感です。

本来であれば100%必要のなかった義務感に押しつぶされて、たった一度の愛しいはずの人生を破壊する人は後をたちません。

しかし毒親の「あなたにはあなたのままでは価値がない」などの洗脳の方法はたくみです。辛辣な言葉や暴力以外の方法でも、子どもに強烈な劣等感をあたえます。

変な義務感は無意識に植えつけられるのです。ほとんどのケースでは、無意識のなかにある義務感に焦燥感を刺激され人は苦しんでいます。いえ、苦しんでいる自分に気づかず、後ろ向きな解消方法(お酒・薬・ギャンブルなどの依存症)をやめられなくなっている人がほとんどなのです。

心の奥のずっと奥に存在している、毒親からあたえられた「変な義務感」を手放すことが、変な我慢ばかりの日常から解放される大きな一手になります。

ただ幼いころから徹底的に存在を否定されたばかりに「義務感をもっていないと不安」、自ら義務を求める行為で劣等感を癒している人は、不幸せな義務感でさえも手放すことを恐れてしまう問題もあります。

もちろん、そんな恐れをもつのは当然です。義務感をもつ=存在の証明だったからです。

ただ人生の幸せはシンプル。ここが大事なポイントです。

人生は自分を愛して人を愛して生きれば良いだけです。この生き方を純粋にしていれば、どんな試練でものりこえられます。

しかし自分を愛さず他人に尽くして生きると、いつかは限界をむかえ人生の試練から離れていくようになるのです。

毒親にあたえられた変な義務を早く手放したい人も、怖くてなかなか手放せない人も、捨てるタイミングはいつでも大丈夫です。「不要な価値観や義務感を捨てれば必ず幸せになれる」という考えが心に残っていれば、自然に人は前向きな方向へ動きだすからです。

そのなかで、毒親からあたえられた変な義務感を手放さないと、どんなデメリットがあるのか?下記に紹介いたします。

・本当の人生が始まらない
・変な義務感を自分以外にもあたえたくなる
・自分のやりたいことがわからなくなる
・ストレスで心の病気や体の病気になる可能性が高い
・幸せを体感することができない
・時間、精神力などの無駄が多くなる
・夢や目標を叶えるためのエネルギーを浪費する
・狭い視野になり物事を俯瞰して判断できない
・自分の子どもにも変な義務感をあたえる
・大切な人を人生単位で守れない
・自分の感情が消えてしまう
・対人恐怖症になってしまう

そして、毒親からあたえられた変な義務感を手放した場合は、どんなメリットがあるかも下記にまとめさせて頂きます。

・上記に挙げたデメリットを克服できる
・全方向で自分の「本当」が少しずつ見えてくる
・不幸せな我慢を放棄して、幸せになる忍耐ができる
・迎合してはいけない人に気づける感性が蘇る
・自分と人を許せるようになる
・ビクビクしたりオドオドしたりする自分が少しずつ解消する
・心配ごとや恐れがなくなり心に余裕が生まれる
・家庭・職場で健全な人間関係が構築できる
・不幸せになる行為を自然としなくなる
・人を憎んだり恨んだりする気持ちが消滅する

間違った観念を手放す行為は、必ず人の根源的な幸せを呼び寄せるのです。

では、どう具体的に行動すれば「毒親にあたえられた変な義務感」を手放せるのでしょうか?

義務感は、ご本人の手放す意思と行動があれば必ず手放せる心理です。
その点を念頭にして、具体的な行動を紹介させて頂きます。

・「私」のなかに存在するすべての「~しなければならない」を吐き出す

【自分一人で書き出す方法】【大切な人の質問で外に出す方法】

意識している義務感よりも、自分では気づいていなかった義務感のほうが深刻です。無意識の義務感は、知らず知らずのうちに人生を不幸せな方向へとすすめ縛りつけるからです。

潜在意識のなかにすりこまれた義務感は一度顕在化させて、あるがまま見つめる行為が重要になります。

それはひとつの質問「自分が~~しなければならないと信じている問題はなにか?」をテーマにして、心の奥に存在している不要な観念を「見える化」する方法です。

この方法は「自分一人で書き出す方法」と「誰かに質問してもらい外に出す方法」があります。

自分一人の方法は「書き直し・重複・文字の正誤・世間の常識」などは一切気にせず「100個以上」を目標に書き出します。最初はなかなかペンが進まなくても「自分を不幸にしている義務感」の解放は、やはり幸せな予感がするため何個か書いていると止まらなくなることも多いのです。

自分を不幸せにする観念や義務感をもっている事実を自分に教えてあげるイメージです。

また「誰かに質問してもらう方法」には強力に義務感を手放せる力があります。(当然ですが、信頼できる人にお願いしましょう。)人は心のよりどころになっている人から質問をされると強い喜びを感じます。なぜなら大切な存在から関心を得られるからです。

「自分一人で書き出す方法」と変わらず、「書き直し・重複・文字の正誤・世間の常識」は気にしないで質問にたいして率直に答えつづける方法です。そのとき質問者は「判断・意見」は絶対にせず、聞き役に徹してメモやパソコンなどで書きとめます。

苦しい義務感を素直に吐き出して、その回答を信頼している人に受けとめてもらえる方法ですので、質問をされた人はとても心が楽になります。そして回答を大切な人とシェアできるので、一人ではない感覚があり課題の挑戦が精神的に楽になります。

また質問者へのアドバイスとしては、たとえば回答者が「私は自分に嘘をついてでも笑顔をつくらなければならない」といったときは、「どうして、そのように考えるのか?」とより精緻で深い回答を導くための質問を意識すると効果は倍増します。しつこいようですが、否定はNGです。質問者は質問に徹しるだけにしてください。

・「自分を好きになる努力100」のアイディアをだして本当に行動する

なぜ人は自分を不幸にする義務感をなかなか捨てられないのでしょうか?もちろん、毒親からの洗脳が強いことも原因としてあげられますが。

実は「人は自分が嫌いだと、自分が嫌いな出来事を受けいれられる」のです。

自分が好きな人は嫌いな問題を拒否できます。

つまり変な義務感をもっているのは、自分が嫌いという事実があるからです。自分が最高に大好きであれば、後づけされた愛のない義務感など捨てられます。

自分が嫌いであれば自分を不幸せにする義務感を捨てる必要がありません。なぜなら自己評価の低さと不幸せな義務感・観念・価値観がつりあっているからです。

人は自分を愛する自由と愛さない自由の両方をもっています。どちらを選択するかは、やはり本人の自由です。

しかし自分を本気で好きになる努力をしないかぎり、毒親にたいする義務感に気づいても、解消するレベルまで進めません。

義務感を解放したい人は「自分を好きになる努力100」のアイディアを考えて実際に行動してみましょう。

自分を好きになる行動はどんなに小さな、些細と思われることでもなんでもOKです。

「大好きな料理を楽しく食べる」「ちょっとでも嫌な人は会わないように気をつける」「なるべく悪口や愚痴をいわないようにする」「お花に水をあげる」「もう1分歯をやさしく磨いてあげる」など、どんなことでも「こんなことしている自分好きだな~」と感じることであれば、制限はありません。

・最後に~

人が「今」よりも、もっともっと幸せになるためには「変な義務感の解放」は欠かせません。

幸せな流れには「本気で自分を幸福にする覚悟」→「自分の心をあるがまま見つめる(肯定も否定もせず)」→「誰かにすりこまれた義務感の発見(今回のお話です。)→「不幸せな義務感を捨てて、幸せになる価値観をとりいれる」→「今と未来を幸せにする行動を意識する」→「どんな結果でもうけいれて次の機会に生かす」などのプロセスが存在します。

過去のトラウマや心の傷を見つめる作業は、ときに痛みをともなう場合もあるでしょう。しかし、真実を見つめ不幸せになる義務感を手放したとき、あまりにも心が軽くなり、また未来に幸せの予感がやってくるため、気づけばワクワクしている自分を体感しているものです。

毒親問題で苦しんでいる人もそうではない問題で苦しんできた人も、まずはココから初めてみませんか?

幸せになる勇気と覚悟で未来を切り開いていきましょう。

 

カウンセラー本橋良太

☆お読み頂き誠にありがとうございます☆

 

【No30 明日を恐れて今日を無駄にする毒親。】

2019年9月17日(火)

 

毒親は「明日」があると勘違いしています。

本当は明日などないのです。

本当は今日がずっと続いているだけです。

明日が存在していると勘違いしている毒親は、未知なる明日に強い恐れを感じます。

表面は威張っていても自分の力のなさを無意識に痛感しているため「わからない」もの恐れます。

人間の人生は「わからない」ものに挑戦して向上して生きねばならないのです。

「わかるもの」で生きつづけた人間が成長することはないからです。

成長しなければ愛は大きくも深くもなっていきません。

毒親は未知なるものにたいしての挑戦を拒否します。
すべて「わかるもの」を行動していきたい欲求をもっているので成長しません。

だから常識が大好きです。

社会から評価されたり認知されたりする人生を求めます。

社会から認められていないと毒親は恐怖を感じます。

その恐怖を感じないために子どもという犠牲を求めるのです。

常識は人間の総和です。実体ではありません。

実体がないものが「この価値観・要求を受けいれてくれれば、あなたに人生の安定をお約束いたします」といってくれることはあり得ません。

常識からの要求はいつも抽象的です。

具体的に求められることはないので毒親は全方向で常識を恐れなければなりません。

いつ・どこで・なにを社会や常識から「自分の苦手なもの」を求められるのか?と一生おびえなければなりません。

ただ恐れている心理状態はあまりにも苦しいため「苦手なものを求められたとき」のために子どもに依存し、依存させます。

依存関係を構築していれば、未知なる大きな問題がやってきたとき自分の人生を子どもに背負わせることができるからです。

常識は実体がないもの。社会のルールはそのときの時代にあわせてコロコロ変わる抽象的なものと考えて悟って、「明日はない」と腹をくくり、自分が成長すれば良いだけなのです。

心が成長し成熟すれば、どんな社会になっても不誠実な常識が蔓延しても真実の力があるためネガティブな影響を受けずに済むからです。

しかし毒親は未知なる明日を恐れて「今日」の成長を意識しません。

だからずっと恐れていて子どもを奴隷にしたくてたまらなくなるのです。

 

カウンセラー本橋良太

☆お読み頂き誠にありがとうございます☆

 

【No31 サイコパス毒親。】

2019年9月23日(月)

 

毒親はサイコパスです。

精神的、もしくは肉体の両方の獲物として子どもを判断しているからです。

やさしい人は毒親のサイコパス性になかなか気づきません。

相手を傷つけるくらいであれば自分を傷つける人がやさしい人です。

やさしい人は自分の問題によるストレスを他人を傷つける行為で癒そうとする人間性が体感的に理解できません。

不浄な存在の意図が体で感じられないので、サイコパス性を見抜けないのです。

この世界には自分の思い通りの人生を過ごしたいという理由で、犠牲者をつくる人がたくさん存在しているのです。

やさしいだけの人は不浄な人の人生にまきこまれていきます。

そして毒親と一緒に不調和な世界に陥おちいってしまうのです。

これが毒親問題の最大の問題です。

自身を省みず心の成長を促さず不調和な人生になったとしても、その責任はその人生を選択した人にあります。

子ども・家族という理由だけで不浄な人の責任を背負って一緒に陥ってしまうのは、おかしい。

また毒親に育てられた人は強い劣等感をもっています。

やさしくて劣等感をもっている人はサイコパスからすればただの獲物です。

心のなかに「そのままの私で愛されたい。愛してくれる存在がいれば誰でも良い」という悲しい欲求を劣等感を患っている人はもっているからです。

この寂しい欲求をサイコパスは一瞬で見抜きます。

やさしい人では理解できないサイコパスの感性です。

やさしい人は「やさしいだけ」ではいけません。

とくに毒親に育てられた人は完全に自己否定をしているので、どうしても寂しさを埋めてくれるだけの存在を求めてしまいます。

しかし自分の寂しさは自分で埋めなければならないものです。

もちろん、そんな余裕はないかもしれない。しかしサイコパスのような存在に「寂しい気持ち」を見抜かれ、獲物に判断され人生を吸いつくされたら?

人生は破滅するのです。もちろんやり直しもできるでしょう。

しかし人生のやり直しとはその場所から上に進む作業です。

地獄3丁目に落ちてしまったら、2丁目、1丁目と戻ってこないといけません。
地獄3丁目に戻りたくなる誘惑もやってくるかもしれません。

サイコパスは地獄につれていく存在なのです。

やさしい人は「世の中には深刻なほど危険な存在がいる」と自覚をして、ありのままの自分を否定された過去があり「寂しい気持ち」になっても、外の世界で癒されようとしない姿勢が大切です。

外の世界ではなく内の世界(自己)に関心して信頼関係を結ぶと、サイコパス性が簡単に見抜けます。

それは自分を愛しているからです。

愛は外の世界の真実を映し出してくれます。

毒親のような存在の意図・動機・目的・欲求の真実は、自己関心により明らかになるのです。

 

カウンセラー本橋良太

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【No32 毒親と一緒に地獄に行くのか?それとも天国に行くのか?】

2019年9月27日(金)

 

あなたは毒親の表情を「しっかり」見たことがありますか?

存在を否定されつづけた子どもは、親の表情が怖いので「あるがまま」見ません。しかし「あるがまま」毒親の表情をみたとき、とある問題に気がつくはずです。

それは恐れで今にも崩れてしまうような表情を毒親はしていることを。

毒親は愛ではなく恐れを動機として、生きてきた存在です。

恐れの先は地獄です。

愛の先は天国です。

子どもが毒親に依存し密に縁をつないでいるかぎり、地獄にむかっています。

しかし多くの人は気づきません。毒親の毒は目には見えないからです。

世間の常識や学校の教科書をこえた先に、毒親性の解放があります。そして幸せや天国も社会が「当たり前」と認識しているルールの先に存在しているのです。

毒親問題で苦しむ人が取りもどさなければならないもの、それは「幸せの感覚」です。

 

相手から感じる「自分を不幸に貶めるような違和感」は感覚が鋭くなければ、決してわかりません。

幸せの感覚は自己愛をもつこと、そして毒親との人生に終止符をうつ覚悟で取りもどせるのです。

 

カウンセラー本橋良太

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【No33 毒親は不幸せな価値観を子に伝染させる。】

2019年9月30日(月)

 

親が毒親である場合は、自身にも毒親性を受けついでいる可能性をみなければなりません。

なぜなら人は無意識に価値観や観念をすりこまれる存在だからです。

毒親性の解放は=幸せの人生を意味しています。
毒親性の非解放=不幸な人生です。

表面的に判断できる毒親性は、ほとんどありません。
多くは無意識の行動のなかに毒親性はあらわれているのです。

それは無意識に自分と大切な人の人生を壊していくという結果につながっていきます。

この問題を克服しないと自分の家庭は崩壊にむかいます。

つまり毒親の呪縛ともいえる負の価値観をわが子に伝染させないため意識がとても大切なのです。

それは「絶対に毒親にならない」という覚悟と無意識の心理のなかに存在する「欲」に気づく姿勢で得られます。

覚悟は行動がなければ無意味である事実を人は知っています。

「絶対に毒親にならない」と自分自身に宣言して行動すれば覚悟は本当になっていきます。

また毒親問題で自分の心のなかにある「欲」も無視できません。

「欲」は真実を隠す性質があるからです。

たとえば本当は子どもをコントロールしたいという欲をもっているのに、その気持ちに無関心でいると子どもの「本音・本当」を見落としていくのです。

自分が「そうしたい・そうあって欲しい・そうあるべきだ」と考えていると子どもの「あるがままの生き方」を尊重できません。

人間関係は自分と相手の真実を土台として構築しなければ絆は決して得られないのです。

本当はコントロールしたいという欲をもっていれば、子どもの自由は「自分の許せる範囲」だけになるという縛りが生じます。

欲に気づこうとする姿勢をもたないかぎり、本当の親子関係はつくれないのです。

子どもを尊重していない自分に気がつかないからです。

覚悟と欲の気づきは毒親問題の解決に不可欠なのです。

結局、自分が毒親にならないためには「自分がどう生きるのか?」に集中しなければなりません。

他人がどう生きるよりも、自分がどう生きるかです。

「外の世界から圧迫されたとき、どうかわすのか?」は自分の生き方が定まっていないとブレブレになります。

毒親は外に圧迫されて自分の人生を放棄している存在。

親と同じになりたくないと思っていても、親と同じことをしていたらそうなります。

毒親のようになりたくなかったら、真剣に勉強して人の幸せの現実を体感することが大事であり、常に自己とのコミュニケーションを意識する必要があるのです。

 

カウンセラー本橋良太

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【No34 常識では毒親から解放できない。】

2019年10月4日(金)

 

毒親の呪いの中核は「世間を恐れなさい」です。

毒親は世間の恐れを基準として、迎合して生きています。
当然、子どもに伝えることは「どうすれば世間から評価されるのか?」ばかりです。

子どもは生まれたときは天才なので、毒親が間違った生き方をしている事実に気がついています。しかし何度も何度も「世間は恐れの対象」とすりこまれた子どもは、いつかその考えを信用してしまうのです。

人は世間の常識では幸せになれません。必ず世間をこえた先に至福があるのです。

世間の常識に幸せがなかった事実に人は死ぬ間際、気がつきます。後悔先にたたず、悔やんでも取りもどすことはできません。

常識の外を見ようとする行動が大切なのです。

毒親問題で苦しむ人は「毒親とつきあっているかぎり自分の未来は不幸なのではないか?」と少し気がついています。誰であっても未来が不幸なことはさけたいはずです。

しかしどうすれば良いのかわからず世間の人に相談します。世間の人は「毒親でも、あなたを生んだのだから感謝しなさい」・「どんな親でも受けいれなさい」・「親に反抗するなんて、とんでもない」という常識をほとんどの人がもっているので、相談しても否定されて終わることが多いはずです。なかには心の苦しみを利用され騙されてしまう人もいます。

毒親問題の解決で重要な点は「普通」では対処ができないということです。

常識のなかで価値があると判断される話では、太刀打ちできない場合がほとんどなのです。

 

毒親の毒をさけて、たった一度の人生を調和させ、幸せな人生をてにしたい人は「今までの概念を壊す必要」があると知ること・感じることが突破口になります。

 

カウンセラー本橋良太

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【No35 自分の世界観をおしつける毒親たち。】

2019年10月7日(月)

 

子どもに関わっていない存在が毒親です。

毒親は自分が子どもと関わっていない事実に気がついていません。

関わるとは相手を知ろうとする姿勢でコミュニケーションを求めることです。

しかし毒親は子どもを知ろうとしていません。

関心しない状態で接しているということは、子どもが関心ではなくただの興味の対象になっているだけなのです。

人を深く理解しようとしない存在が毒親であり未熟な存在なのです。

たとえば人殺しをする人がいます。

毒親は人を殺す人は悪い人といって終わります。

しかし、これで終わってよいわけがありません。

その人には殺さなければならない理由が必ずあったからです。

これを知ろうとする姿勢が関心なのです。

関心とは相手の「受けいれたくない性格・認めたくはない部分・許せない考え」などを乗りこえて人間関係を構築する意味になります。

いくら愛されたいと願っても自我を内省する意思のない関心では不可能なのです。

それは相手がただの興味の対象となっているだけだからです。

関わりあいにおいて自分の世界観を押しつけたり自我をけずる姿勢がなかったりする人が無関心な人。つまり毒親の存在になります。

人間関係は自分の都合の良い世界観をもっていると必ず失敗します。

相手も自分の世界観を必ずもっているからです。

自分の世界と相手の世界を融合させる意識がコミュニケーションの始まりです。

「私の意見はこうですから」と相手の世界観に無関心な姿勢では絆は100%生まれません。

ここに毒親問題の核があります。

「私」の世界観に内省がない、客観性がないとただの独裁者になるのです。

反転して考えれば本当の自分に自信がないため毒親は独裁的になり子どもに無関心になり支配を強めていきます。

結果、毒親自身が不幸になっているのです。子どもも気づかなければ毒親の不幸な人生にまきこまれていきます。

心の共感・共有がなければ人間関係は健全化も向上もしません。

心の共感・共有がない人生は孤立を意味しているのです。

毒親は自分の世界観を押しつけることで自ら孤立する人生にしています。

本当は自分の価値観・世界観など捨ててしまっても良いのです。

「まず相手を受けいれる姿勢」がないと相手も「まずはあなたを受けいれる」という状況にならないからです。

関わりあいを真剣に見つめる人が大人。
関わりあいを真剣に見つめない存在が小人であり毒親なのです。

 

カウンセラー本橋良太

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【No36 どうすれば子どもは毒親への依存を断ち切れるのか?】

2019年10月11日(金)

 

人間関係の幸せは自己の信念をもち、対等に交際する姿勢が必要です。

しかし依存関係は無責任な甘えで交際する心理のため、信念が欠如しています。

自己を喪失した形で人と交際すると、どんどん依存していきます。つまり対人関係において幸せになれないということです。

依存は「自分は頼りにならない」という観念を強固にするので、どうしても精神的に弱くなります。

毒親に接してきた子どもは「存在を否定」された経験が普通の子どもよりも圧倒的に多いため、そもそも自信がありません。存在を否定されて自己肯定感が育つはずもなく、信念をもつなど不可能にちかいのです。そのような人は毒親との関係にかぎらず、人との依存関係を断ち切ることは、死に近い強烈なストレスを感じることが普通です。

そして「依存を終わらせなければ幸福な人生はやってこれない」という厳しい課題からも逃れられません。

毒親に自己無価値観を植えつけられた子どもは「圧倒的に幸せになれない環境」で生きているのです。

まずはそのことを自分にわかってもらう必要があるのです。

「皆は普通にできているのに、自分は」と責める必要はありません。

さんざん否定されて生きた経験があれば「皆と同じようにできない」ことが普通と自己を許す姿勢が重要なのです。

 

どの世界にいっても他人は好きなことをいっています。そんな世界で幸せに生きるためには、自己愛を蓄え劣等感を克服し、なんとか残ったエネルギーで一歩ずつ進む。それしかないのです。

 

カウンセラー本橋良太

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【No37 恐れですべてを見失う毒親たち】

2019年10月14日(月)

 

毒親問題の解決にとって「恐れ」の克服は不可欠です。

気づいている恐れではなく、気づいていない恐れに着目する必要があるのです。

無意識の心理のなかに存在する恐れを感じたくない・見たくない・知りたくないと、恐れに盲目になっている存在が毒親だからです。

人は無意識の恐れに支配されている存在。

「自分がなにを恐れているのか?」を見ようとする人は大人です。心が成熟しています。

恐れている自分を自覚しようとしない存在が小人であり心が未成熟な人です。

恐れを解決できるものは真実です。

しかし毒親は真実をみようとしません。怖いからです。

真実を見る・体験するほど心が成長していない事実を毒親は気づいているのです。だからこそ子どもの「本当の気持ち」に無関心で接するのです。

 

毒親は子どもの真実を受けいれられるほど自分は成長していないと内心は気づいています。

真実には幸せの側面・不幸せの側面という二つの側面が必ず存在しています。

たとえば子どもが不登校になるという出来事が起こったとします。

このとき、毒親は世間を恐れているので子どもを否定的に判断する。つまり不幸を感じているのです。

しかし前向きに考えれば、真剣に子どもと向き合うチャンスでもあるはずです。

学校に行っていなのであれば、その時間をつかって二人で食事にいったり遊んだりコミュニケーションを深めるきっかけにもできるわけです。

しかし恐れで心がいっぱいになった毒親は、幸せな側面を判断できません。

自分の頭のなかにある常識・価値観・観念をこえた出来事を必ず拒否するのです。

せっかく子どもが学校を休んで時間がある状況を不運とだけしか判断できないと、後々の人生も明るくはありません。

出来事のなかから幸せを判断する姿勢がない人は文句・悪口しかいわなくなるからです。

恐れをもっている人はすべての出来事が相手の責任と頑なに認識するのです。

真実は恐れでは明らかになりません。

恐れをもっていると出来事のなかにある幸せになれる因子に気づきません。

恐れの克服は自分を内向するしか方法はありません。

自分を見つめるということです。

しかし毒親が最も見つめたくない存在は自分自身なのです。

自分の「真実の姿は子どもである」という問題を受けいれなければ心の成長はないのですが、毒親は恐れでいっぱいなため見れないのです。

 

カウンセラー本橋良太

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【No38 無関心な人には見えない毒親の狂気。】

2019年10月18日(金)

 

心に無関心な人は毒親問題に気づけません。

毒親問題とは「一見、普通にみえる家庭」のなかで行われている心理的な狂気です。

無関心な人は表面の形だけを評価するので、どうしても毒親の深刻さに気づけないのです。

この心理的な問題は学校の教科書をどんなに勉強しても解けません。感覚的な洞察力がなければ家庭に存在している毒親の愚行は見抜けないからです。

しかし毒親の問題を気づかず放置をすれば、家庭は崩壊にむかいます。

家庭には家族の心のつながり、つまり絆が必要なのです。

家庭は絆がなければただ人が集まった場所になるだけ。

また人の人生と同じように家庭にもさまざまな問題が起こります。その問題は親を中心に解決を促し、家族が一体となって克服するべきことです。しかし絆がなければ協力しあう関係は不可能なのです。

家庭を幸せにするためには家から毒親性を排除しなければならないのです。

しかし毒親は自分が毒親だと夢にも思っていません。毒親関連の情報が目にはいらないのです。この無関心な心理のなかで毒親性は大きくふくれあがっていきます。

家庭のなかに存在する「違和感」に気づく人しか、無関心な問題に取りくめません。感じる能力、つまり関心する姿勢をもてば現実的な解決は必ずできます。それをするのか?しないのか?はやはり本人次第なのです。

 

カウンセラー本橋良太

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【No39 自分を愛せば毒親の責任がみえてくる。】

2019年10月21日(月)

 

毒親問題で苦しむ子どもは無意識に徹底的に自分を責めています。

しかし子どもは心の奥の奥で自分を責め切っている心理になかなか気づけません。表面意識の実感がわかないのです。

なぜなら自分自身の存在を責めることで存在を肯定しているからです。責める自分を捨てると「生きている実感」を失ってしまう恐れを抱いているのです。

 

心にフタをしている状態です。

責める心理は、幸せの未来にすすむための現実的な問題を隠します。

しかし毒親から存在を否定され続けていれば、自分自身を責めるのは当然です。自分という存在を責めることで、毒親との関係を維持してきたからです。

幼少期に愛されず育った子どもは、大人になったとき「過去の悲しみの分まで、幸せにならなければならない」という強い想いをいだきます。

しかし不条理なことに、深層心理のなかで存在を否定し責めている事実に気づかず、人生の悪循環から抜けだせない人がほとんどなのです。

自分を責めているかぎり、自分の問題も親の問題も区別されません。つまり本来であれば背負う必要がない親の未熟さ・問題まで自分の人生に取り込んで生きてしまっているのです。もちろん、自分の解決できる問題も手づかずのままになっています。

毒親問題で苦しんでいる人はまず自分を責めない姿勢が大切。そして責めている自分に気づこうとする姿勢が新しい希望を生じさせるのです。

また毒親の呪いで自分を100%責める人は、外の世界にたいしても100%「自分は悪くない」と責めます。しかし時間がたつと、今度は「自分はぜんぶ悪くないと思っていたこと」を責めるのです。

責める悪循環にはいってしまうと、さらなる不幸と自己嫌悪がまっています。

心にグサっと刺さる自分を責める「なにか」に気づいたときは、まず「大丈夫、大丈夫」と自分に話しかけましょう。そして「どんな自分でも愛している、愛している」といってあげるのです。この繰り返しは深層心理に自己肯定を生じさせます。

自己肯定は余裕をもたらすので、現実を冷静に判断できる土台になってくれるのです。

毒親問題にかぎって考えると、子どもの息苦しい人生の責任は100%毒親にあった事実に気がつきます。しかし責めているかぎり「自分はなにも悪くなかった」という事実を体感できません。

「自分はなにも悪くなった」という頭での理解ではなく、体感が重要なのです。自分を愛さなければ感じる力はもどってきません。

愛する努力を忘れない人は必ず毒親問題を克服できるので、決して、決して、あきらめてはいけません。

 

カウンセラー本橋良太

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【No40 毒親の慰み者になってはいけない。】

2019年10月25日(金)

 

不誠実な人には愛がありません。

愛がない人にバカにされたり、いじめられたりすると人生は終わります。
生まれた意味さえ消滅するのです。

これは毒親にかぎらず兄弟・親戚・夫婦・友人・仕事関係においても同じです。

絶対に戦わなければならない人の根源的な修羅場・大問題なのです。

しかし、なぜ不誠実な人は弱い存在をいじめるのでしょうか?

それは深刻な劣等感をもっている問題で「自分は価値がない人間」という恐れを、いじめる人はもっているからです。

自分よりも弱い存在をバカにしたり蔑んだりする行為で、一時的に優越感を人は感じます。その一瞬の優越感のためだけに、弱い存在をいじめ、深刻な劣等感をいやしているのです。

この行為を日常的にしている存在が毒親です。

毒親は100%利己心の欲求で、子どもにさまざまなネガティブな行為をします。

その最悪な行為を子どもが大人になっているのにもかかわらず、継続している毒親が存在しているのです。

子どもは大人の慰み者ではありません。

たった一人しか存在していない偉大で愛すべき魂です。

しかし毒親に苦しむ子どもは「親からの愛をもらえるのか?」という期待を断念できず、親の理不尽な行動を受けいれしまうのです。

これが毒親に育てられた子どもはずっと幸せになれないひとつの原因です。

絶対にどんな人でも「私」という存在をバカにされたり、蔑まされたりしてはいけません。

自分という存在を慰み者にする人は100%敵だからです。

戦いましょう、愛を体感する人生のために。

 

カウンセラー本橋良太

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【No41 毒親を捨てられない人は世間を恐れている。】

2019年10月28日(金)

 

未熟な人は自分に愛がない状態を気にせず、世間には良い顔をします。

この生きかたは自ら幸せを手放しています。

しかし多くの人は気づきません。心や想いよりも「見た目や形、お金」などを評価する世間の価値観を当たり前のものとして、とりこんで生きているからです。

幸せは体感です。体感は目に見える物ではありません。

人は心を成長させ愛を獲得し社会で生きなければ、絶対に幸福になれない生き物なのです。

自分の人生を、明らかに不誠実な姿勢で破壊する毒親を捨てられない人が存在します。

経済的な理由や親にたいする心情的な問題はなくても、捨てられない人は世間の評価を恐れています。

しかし世間を恐れているかぎり、その人は「ずっと本音を隠さなければならない」という心の檻のなかで生きなければなりません。こんな生き方では「一体なんのために自分は生まれてきたのか?」と魂は叫びます。

不誠実な毒親は捨てなくてはなりません。捨ててよいのです。毒親は子どもが「親を捨てられるわけがない」という甘えた心理のなかで、自身の無責任な要求を続けるからです。

もちろん、愛のある親、大好きな親であればずっと幸せに暮らしてください。慈しみあいのある親子関係ほど愛を体現した関係はありません。

しかし世間の評価を気にして捨てられないのであれば、その人の心は愛から遠ざかっています。なぜなら、親も自分もまったく見ていない、つまり無関心だからです。

世間は無関心の集合体です。そんな世間を気にして幸福になった人はいないのです。

 

カウンセラー本橋良太

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【No42 悲壮な感謝人。】

2019年11月1日(金)


親に感謝する前に自分に感謝するという心理は自己関心の不可欠を理解しなければ得ることはできません。(毒親を無理して感謝する必要など一切ありません。)

 

自己関心とは自分を真剣に愛することです。

 

自分を愛するとは自分自身から現れる、気持ち・欲・価値観を「感じようとする姿勢」からはじまります。

 

人間は自分に価値を感じないと自分に寄りそう気持ちには「なかなか」なりません。

 

とくに毒親や大人とはいえない愚かな人に「存在否定」の行為を繰り返された人は、自己評価はマイナスになります。

 

自己評価がマイナスな状態で自己関心、つまり自分を愛そうとする行為は不可能にちかくなります。

 

自分を無視して幸せな人生や心安らげる日々は100%不可能。

自分という存在を疑いながら人間が幸福になることはあり得ないのです。

 

ましてや「感謝する」という真実の他者関心(隣人愛)を体現するのは、さらに不可能です。

 

隣人を愛するとは「自分に向けている愛を外の方向に向ける」となります。

 

自分を感じて、非常に丁寧に接し、可愛がり、慈しみ、「すべての自分を受けいれる」という自己魂の尊重をし続ける絶対的な自己愛を確立しなければ他者関心はできません。

 

なぜならバカらしくなるからです。続けられないのです。感謝の人生が。

 

あり得ないような人生の痛みに耐えてきた愛しすぎるわが身に自分は感謝をしていないのに「なぜ、他者に関心しなければならないのか?」という疑念を払しょくできないからです。

 

この状態で毒親に感謝など狂人の思考法に等しいのです。

 

もちろん感謝する人は幸せな人生をおくれます。

 

ただ感謝する方向に注意しなければなりません。

 

今日から外にたいする感謝はしなくていい。

そのかわり、自分自身にたいして「徹底的に徹頭徹尾、感謝をする」日常的・具体的・ときに計画的・行動的に生きてください。

 

自分自身に感謝する覚悟は毒親問題を必ず消滅させ幸福の道に一歩ふみだしたことになります。お約束します。

 

カウンセラー本橋良太

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【No43 毒親問題が終わったら。】

2019年11月4日


毒親問題を解決するうえで非常に重要なことは「自分は悪くなかった」と安心して、ガス抜きで終わってしまう問題です。

 

真実を知り自分を正しく肯定できると体と心は癒されます。

 

しかし、そのまま前に進まなくなったら毒親性を患っている人と変わりません。

 

進みましょう。

 

私たちは自分の足を進めることで、観たこともない、感じたこともない、大きな至福を得るために生まれてきたからです。

 

カウンセラー本橋良太

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【No44 感謝を逆手にとる毒親。】

2019年11月5日


毒親になにも考えず感謝の意を伝えると、毒親はその気持ちを逆手にとり、さらに依存関係を深めてきます。

 

毒親は自分の人生の責任を常に誰かに背負わせようとする意識・考え・行動しかできないからです。

 

人間は自己関心(自己愛)がなくなると、どんな愚かな行動でもやってのけます。

 

カウンセラー本橋良太

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【No45 毒親から支配人生は人生ではない。】

2019年11月6日


毒親に苦しめられている人生は「本当の人生」ではありません。

 

人間は毒親に苦しめられている場合ではないのです。

 

宇宙で霊界でたった一人である自分を真剣に愛して、出会った人を真剣に愛して「人生の土台」をつくる必要があるからです。その土台がなければ真実の幸せ体験は感じられません。

 

毒親に苦しめられていたら真実の幸せ体験は一生わからないで終わってしまうのです。

 

カウンセラー本橋良太

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【No46 毒親が家庭を壊している。】

2019年11月7日


毒親が家庭のなかにいると必ずその家庭は崩壊します。

 

なぜなら毒親は立場の弱い人間からすべてを奪う存在だからです。

 

家庭は弱い立場の存在を守ることで守られていくのです。

 

あろうことか弱い立場の人や存在から搾取したら、そのコミュニティは崩壊して当たり前なのです。

 

カウンセラー本橋良太

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【No47 毒親に負ける人はいない。】

2019年11月12日


毒親は人生を恐れているだけです。

 

恐れている人に強い人間はいません。

 

ただ非利己主義の人が不誠実な弱い人に負けると、誠実な弱い存在がさらに搾取される地球になってしまいます。

 

自分にほんの少しでも自己愛があると思えるのであれば、どうか毒親と誠実に闘ってください。

 

絶対に大丈夫。

 

弱い人に根性も忍耐も気合も本当の仲間もいないからです。

必ず勝てる闘いなのです。

 

カウンセラー本橋良太

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【No49 自分の未来を信じて動く。】

2019年11月13日


今、この瞬間から動かないと毒親問題は解放できません。

 

不幸のホメオタシス機能は一瞬の鋭い前向きな行動によりヒビがはいり壊れていくからです。

 

ヒビをいれ前向きな行動をし続けていると不幸のホメオタシス機能や毒親問題は瓦解していきます。あっという間に。

 

カウンセラー本橋良太

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【No50 毒親と離れる365日の気づき。】

2019年11月29日


毒親問題で深刻・究極的に困っていながらも、自身の本当の幸福・至福を会得したい人は、毒親と完全に離れている期間が重要といえます。

 

目安としては1年間の音信不通です。

(離れることは超絶的に難しいことは理解していますが、一度、離れてください)

 

そして一年後、人生を比較します。

 

「なんだかんだいって」毒親とつながっていた人生。

(時間にすると8760時間)

 

「完全に関係を断ち切った」一年。

 

どちらの一年に「自分の本質的な幸福が存在していたか?」を体全体で感じようとするのです。

 

毒親と一年以上離れ、不幸になる行動を少しずつやめ、自分の本当の幸せを体現しようとし、誰を本当に大切にするべきなのか?と、

 

今まで経験をしたことがない一年を心を開き生きていきます。

 

毒親と完全に離れた期間は無意識の領域でも、つながれていた依存関係(奴隷の関係と一緒です)に気づくことができます。

 

毒親と離れることで自分自身の人生を客観視できるからです。

 

自分の本質的な幸せに気づいた人は強い。

 

決して誰からも搾取されない人生を必ずつくれます。

 

しかし「中途半端」に毒親と会ったり電話をしたり、つながっていると効果はほとんどありません。

 

依存関係とは体の病気と一緒で根治しないと再発するからです。

 

カウンセラー本橋良太

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【No51 毒親との対峙で得るもの。】

2019年12月1日


毒親との真剣な対峙により得るのは「私」という存在の確立です。

 

存在の確立っていうのは、揺るぎない自己。自分の存在を疑っていない状態。赤ちゃんのころの自分って感じですね。

 

ただ依存関係が無意識の心理領域のなかにあると、人間は「精神的な揺るぎない自己」は不可能になり幸福になれないので毒親との対峙は避けては通れない。

 

避けては通れないのだけれど、どれほど多くの大人が避けているのか。

 

依存関係というのは無関心な関係だから、絆が成立しない。

 

絆がない人間関係を100年続けても、愛は育まれない。一生、他人。(体はそばにあるけれど心が分離している人間関係の間はネガティブな感情しか生まれない。)

 

でも、自分自身を確立して独りで生きる力をつけて自己愛をとり戻す≪実践≫(行動あるのみです。世の中、口ばかりの人が多く動く、人は100人に一人くらいしか存在しない。)を忍耐強く続けていると、無意識の依存体質は必ず解消されていく。

 

依存体質が解消されてはじめて、人間は独立する。

 

しかし毒親は愚かな存在だから、とにかく、がんばって依存関係を子どもに迫る。

 

本当に幸福になりたいなら、毒親に依存している心理領域を行動をもって破壊すること。

 

僕はまずはそこからが毒親問題の糸口だと考える。

 

point:不幸になる因子に近づかない。これは自分が≪本当に≫「強調します。」自分自身の力や行動をもって幸せになると覚悟をしている人の当たり前のことです。

 

カウンセラー本橋良太

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【No52 幸せ因子の収集に集中。】

2019年12月25日

 

毒親問題を無視して無関心で人間は幸福になることはできません。

 

(毒親の「毒」とは、人間を不幸にする因子を意味しているので親にかぎった話ではありません。)

 

なぜなら人間の幸福というのは不幸な人間(人間性が上げられる状態・他者に慈愛を喚起できる状態などでありながら、不平不満や不誠実な言動を吐き、人生にたいして堕落した姿勢で生きる人間)とつながっていると、必ず破壊されるものだからです。

 

たった一言です。

 

不浄な存在からは離れなさい。

 

バカ(愛が限界までギリギリまで無い人)とバカがうつります。

 

人間というのは共鳴・共感しあって生きているのです。

共感とは「あなたは(私)の一部である」と認めている行為です。

一部である認知は毒親(性)を伝染させていることを意味しています。

 

人間は誰かと会うことで無意識に相手と融合している存在なのです。

 

毒ある存在とつながる=自分も毒ある存在であると認めていることに「なってしまいます。」

 

あなたには毒親をかまう余裕はない。またエネルギーを使う必要もありません。

 

 

この世界にはお金に余裕がある人もいれば、体力に余裕がある人。時間や精神力に余裕がある人。また、それらのすべてに余裕がない人もいるでしょう。

 

ただ生きている点を考えたとき、なにかしらの力はもっているはずです。

 

たとえば今、このブログを見てくださっているのであれば多少の体力・精神力(人の話を聞ける力)をもっているということです。

 

人により大なり小なり極小なり、ギリギリの少なさ、もう限界という力であっても、

 

一点に集中してください。

 

自分を愛し切る人生に。

 

そして自分をほんわか愛し始めた実感があったら、どうか、あなたの身近な存在を愛し切る大切にし切るように意識して実際に行動してください。

 

まずは自己愛。そして他者愛です。

 

自分がもしコーヒーが好きなら、丁寧にいれてゆっくり味わってください。コーヒーも酸味が強いもの、コクが深いもの、さっぱりしているもの、たくさんあります。

 

自分はどのコーヒーが好きなのか?自分自身を研究してください。

 

マンデリンが合うのか?それともブール―マウンテンか?

 

自分にぴったり合うものを探します。

 

そして、もし自分自身の幸せの因子が見つかったら、ぜひ、その幸せ因子を「あなたが本当に大切だと思っている存在(だけ)にまずは与え、喜びを共感しあってください」

 

この共感があるとき人間は大きな幸福を感じています。

 

不浄な存在のことなど、そのときは完全に忘れています。

 

自分を真剣に愛する覚悟をもって実際に行動(コーヒーは例えです)していると、自分自身の幸せ因子に気がつきます。

 

この幸せ因子をたくさん、たくさん集めていくと、いつしか本当に大きな幸せの現実がやってくるのです。

 

あなたがやらなければならないことは、まず自己愛にもとづく幸せ因子の収集です。

 

毒ある存在にかまうと、自己愛にもとづく幸せ因子の収集は不可能になります。

 

エネルギー(お金・時間・意識・体力・精神力)と機会を失うからです。

 

カウンセラー本橋良太

☆お読み頂き誠にありがとうございます☆